短編音楽小説#68 Lily Chou-Chou Glide
わたしは何かになりたかった。たとえば美しい音楽のようになりたかった。たとえば美しい詞のようになりたかった。美しい音楽を聴き、詞をなぞった。でも日常がわたしを侵食した。美しい世界はどこにもないかのように思えた。だから心から願っていたのだ。
自分自身がどんどん醜くなっていく。歳月とともに美しくなりたかった。でも感じる心もなくしていった。だんだん呼吸もできなくなった。世界とわたしの間にはいつまでも海溝のように深い亀裂があるようだった。
美しい歌はそれだけで人の心を救う。美しい詞には勇気づけられる。そしてそれらを放つ人は強かったのだろう。わたしは弱かった。弱々しくひとりだった。
泣き言をさんざんつぶやいた後で、なぜ生まれてきたのかと思った。
そう。私は美しい歌を歌いたかったのだ。
少しずつギターを練習した。コードを弾くたびに歌が湧いてくるようだった。そのメロディにみあう言葉を少しずつ探していった。そしてLily Chou Chouが歌うみたいに歌いたいと思った。
Lily Chou Chouは架空の存在だ。でも映画を観ていると、彼女は実在するような気がした。
わたしも架空の別のわたしを作って、そして歌おうと決めた。せめて醜くなりきってしまう前に、この世界のどこかに、分離した美しいわたしを残しておくのだ。
美しいわたしなど存在しない。化粧をして、着飾っても美しくない。でも自分の声だけは好きだった。あとは美しい詞とギターがあれば充分だ。
この世界で、わたしはメロディーとなる。そして世界と調和する。