僕はおおまかなところでは未来とはこうなっていくのでは?という予測をたてて生きている。
大学時代の卒業論文でアルビン・トフラーの第三の波を引き合いに脱工業化社会としての情報革命について論じた。24年ほど前でまだインターネットにさえ触れていなかったが、パンクやハードコアミュージックを非言語ながら経て、ようやく言語化できた希望が、ITによって社会が良い方に大きく変わって欲しいという願いだった。
そこから実際にコンピュータについて勉強し、IT化とはどういうことだったのか?ということも考えながら、基本的には社会が良くなる方へ変わって欲しいという願いをこめて「United Future Organization」という小説を書いた。生成AIが実際に登場する前にAIをテーマに書いた作品だ。
物語は暗号化されたデータを残して失踪した天才開発者・Kを追う情報管理者の目を通して描かれる。その過程でKを模したAI・K:sinが登場したり、様々なガジェットが登場する。これらは舞台を2030年代以降として設定されている。もう世界が変わった後の未来を描いているわけだ。
僕のイメージする未来を、藤子不二雄先生の「ドラえもん」や手塚治虫先生がいくつかのSFで描いた未来のイメージを超えるフィクションとしてイメージできる未来を描きたかった。そしてそこにはリアルな未来が描かれていて欲しかった。これが筆者の願いだった。
ITの問題点としてこれまでもそしてこれからも監視社会的な未来になるのでは?という懸念があると思う。インターネットは技術的に監視に向いている。そしてAIが発展する未来も、監視社会と裏表なのでは?と考えていた。
僕は強くプライバシーの尊重を願う人間だったから、今のヴァージョンの「United Future Organization」がある。そして作品の中では、強くセキュリティが大切ということを読んだ人がわかるように書いたつもりだ。
さて本題にはいる。
10年後か20年後かをイメージして描いた未来社会は、実はAIの部分は誰もが知るところとなり、ハッピーエンドを迎えたかにみえる。
イメージとして描かれた未来と現在の間には空白があって、その空白の間にいったい何が起きるだろう?ということはずいぶん想像した。つまりこうなるんじゃないか?という何年か先の未来は描けても、そこへどう辿り着くのか?というのは、わからないからだ。
今日、OpenAIがgpt-4oを無償で公開して、そして噂ではAppleと契約したという話があり、iPhone上でgpt-4oと話す未来が近づいているということを感じた。
小説「United Future Organization」ではAIがどういうふうに視力を持ち、聴覚を持ち、主人公と失踪した天才を追っていくか?ということが詳細に描かれているが、実際にAIが文字だけの存在から、話すようになることは画期的だと思う。
僕の小説の中ではイヤフォンにカメラがついていて、主人公のみるものをAIが把握できるという設定になっていたが、まさにそういうガジェットがこれから出てくるだろう。そしてまずiPhoneに搭載されるかもしれないのだ。
1900年と2000年の間には大きな技術的革新があった。そして1900年にはイメージできていなかった未来に僕たちはいる。でもAIというのは物語の中ではわりと昔から存在する。
AIが広く人々に使用されるようになり、プライバシーが守られ続けるならきっと素晴らしい未来がやってくるに違いない。
A地点からB地点に行くには、間に何があるかわからない。僕はA地点(現在)からB地点(未来)に行く間に、創造的破壊ともいえるものがいくつも存在するし、社会が変わるにはそれだけ大きな抵抗もあるだろうと想像してきた。
ふたつの地点の間にあるのは、良いことばかりではないかもしれないからだ。
しかしOpenAIがChatGPT4oを無償で人々に使用させることを選択したことで、世界はより良い方へと舵をきったかにみえる。そしてあと数年くらいしたら、本当のハッピーエンドがやってくるかもしれない。
そのシナリオがみえるような日だった。