abejunichi@icloud.com

短編音楽小説#63 宇多田ヒカル「何色でもない花」

僕はただの幻。すべての命はいつか消えてしまう。あなたの命も。
だからといって、すべてが存在しなかったわけではない。僕たちは確かに存在したし、結びついていた。

それでも何百年もすれば、誰も僕たちのことを覚えていない。今日、ここにあった確かな心の震えさえ、明日には消えてしまうだろう。だから書いておくしかないと思う。

僕はもし死んでしまった後に、映画をもう一度観るみたいに君との出会いから人生をもう一度感じることができたらと思う。

思い出すだけでは足りない。ずっと一緒にいるだけでも、まだ不足している。

いや、それは望みすぎかとは思う。でもその時、その時を忘れてしまうから、繰り返したいのだ。

遠くからみれば幻のような人生。でも僕はあなたと出会い、10数年が過ぎてもまだともにいることを望んでいる。

愛とは循環するものだと思う。たとえ流行病が僕にうつり、あなたにうつったとしても、それでもふたりでいれば笑顔が生まれる。出会ったばかりの頃に笑っていたように。

これは幻だろうか? 

風邪をうつしてしまった。これまで何度、風邪をうつしただろうか?
マイコプラズマ肺炎。インフルエンザ。コロナウイルス。
風邪だけではない。僕が持っていた悪いものが、いったい何度あなたを苦しめただろう?

でもいつか僕の中の悪いものも、まったくの無害になって、いつかやさしさだけになったらと思う。ひとりでは年齢を重ねられない。僕は今日も子どもの頃にいたずらをした時みたいに笑っていた。

Back