エッセイで少しハッピーエンドについて触れたけれど、本当は運命はめぐるという方が正しいでしょうね。
臨床心理士である妻は、なんでも星のめぐりといって、良い時も悪い時もめぐるものだという考え方をしているけれど、僕もそう思う。
ただ運命のめぐり方には、どうも規則性があるような気がしている。
妻が教えてくれたのだけれど、人間は過去に戻る退行と前へ進む発展を繰り返している。そしてその時々に行動が違う。僕が疑問に思ったのは、人間はある傾向を持っているということだ。
因果と言えばいいのかもしれないけれど、どうも人生にはストーリーのようなものがある。
たとえば高校生だった頃、僕は煙草なんていつでもやめられると嘯いていた。
実際、あとになって禁煙にはさんざん失敗した挙句、現在は禁煙しているが、若い時にいつでもやめられるみたいに言っていたことが、実際にはそうではなかった。
そして父親がヘビースモーカーだったことと、この話は繋がっている。
つまり、反抗期の頃の自分のイメージと、父親への感情と煙草が繋がっていて、上記のような発言になり、後に苦労することになった。
この場合、自分の発言と結果が因果なわけです。
僕が言いたいことは、単純に煙草をやめることは苦労するということではない。
昔の自分の気持ちと、実際に歳を重ねた自分との間に、父親と煙草をめぐる因果があり、実際にイメージ通り煙草をやめられたら苦労はしないということである。
これらを0か1かでみることもできるけれど、ここではそういうふうにはみない。
バンドをやっていた頃には、みんなで煙草を吸っていたわけだし、みんなで酒を飲んでいた。
つまり、煙草なんていつでもやめられるという強気の発言のわりには、煙草の中毒になっていた時期もあるのだ。
この頃は父親とも離れてひとり暮らしをしていたにも関わらず、完全にニコチン中毒者だった。
そしてたびたび運命にひきもどされる。
つまりせっかく煙草をやめたのに、引き戻されることがあるのだ。
話を運命に戻す。
人生は思ったようにはなかなか前にはすすまない。誘惑も多いし、自分の意思だけではどうにもならないことがある。煙草というのはたとえ話でしかない。いったいどういうふうにして、人生をより良い方向へ向けていけばいいのか?
これはまさに運命はめぐるだ。でも、もし完全に禁煙に成功することができたら?
時には悪いものを退けて、人生を自分の思う方向へ進めることができるかもしれない。
なんでも自分の弱さや悪いところと結びつけるばかりではないが、自分が煙草はやめられると若い時に思っていて、でも本当に煙草をやめることに苦労したとしても、やっぱり煙草は吸うべきではなかったと思うのです。
そして誰もが自分の悪い習慣みたいなものや傾向を、乗り越える部分があるのではないか?
それは煙草だけではなく、さまざまなものだ。
そのさまざまなもののうち、自分がよくないなぁと思っていることを自分でコントロールできたら、それはハッピーに近づいているということかもしれないですね。