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短編音楽小説#59 ROSSO「シャロン」

音楽の旋律に耳を澄ませるとき、その音色は単なるメロディー以上のものだった。音楽は魂の奥底に潜む未知なる感情を呼び覚ます魔法のような存在だった。日常に溶け込んだ無数の音符は、背景のノイズではなく、心の奥に秘められた真実の声だった。

内気な14歳の少年は、痩せた姿と静かな佇まいで、人目を避けるように生きていた。しかし、本の世界では一変する。ページをめくる度に、彼は冒険者に、哲学者に変身するのだ。教室の片隅に座りながらも、少年の心は物語の彼方を旅していた。周囲の喧騒とは無縁に、彼の心は孤独を愛し、その中に平穏を見出していた。友人との会話よりも、本の中の文字との対話に安らぎを感じていたが、心の奥底では何かが欠けているような、ぼんやりとした虚無感に支配されていた。

少年が求めていたのは、自分だけの秘密の場所だった。そんな場所がこの世界のどこかに隠されていると信じていた。ノイズキャンセリングイヤフォンを装着すると、別世界に足を踏み入れたかのような孤独が訪れる。そしてある時、彼の内なる何かがカチリと音を立てた。それまでの人生に大きな変化などなかった。ただ繰り返される日々が、重い荷物のように彼を圧迫していた。だがその日、ベースの響きが彼の心の琴線に触れたのだ。

ベースの音はドラムと融合し、音楽の大地を支えていた。ギターの歪みがその大地に亀裂を生み、うねるリフが新しい世界への扉を開いた。少年は自問した。「僕は今、どこにいるのだろう?」すると、魂の奥底から湧き上がる歌声が聞こえてきた。それは日常とは異なる、新しい世界の歌だった。

この広大な世界が、未知なる驚異と美に満ちていることを、少年は悟ったのだ。音楽が囁く言葉は、単なる音の連なりではなく、魂を震わせるメッセージだった。それは人生における新たな始まりの瞬間だった。音楽は、ただ聴くものから、心と精神を導く存在へと変貌を遂げたのだ。

抑えきれない衝動に駆られ、少年は夜空の下を駆け抜けることを決意した。兄の原付を借り、イヤフォンを装着して夜道を疾走する。無免許の危険など顧みず、ただひたすらに走り続けた。冬の夜空は果てしなく広がり、星々が少年に語りかけているようだ。田舎道を抜け、海へと続く道を走る中で、音楽は彼を奮い立たせ、スピードを上げさせた。風を全身で感じ、遥か彼方の月が手を差し伸べているように感じられた。

この瞬間、この一瞬一瞬が積み重なっていく時間の尊さを、少年は悟った。彼の内なる力は、月へ、そしていつの日か太陽へと導いてくれるだろう。音楽と共に走ることで、そんな大切なことを学んだ。14歳の彼は、人生を惰性で過ごすには若すぎた。限界を超え、未知なる領域へと手を伸ばす勇気を、この夜、見出した。

月明かりの下、海岸に辿り着いたとき、波の音は古い詩のように響き渡り、砂浜に時の歌を奏でていた。永遠に続く自然のリズムが、そこにはあった。だがその夜、音楽がすべてを変えた。月光と海とのシンフォニーは、少年の心に無限の可能性を吹き込んでいた。この夜、彼は何者かになるための旅路を始めたのだ。

イヤフォンを外し、波音に耳を傾けると、世界は変革の可能性に満ちていると感じた。ロックミュージックの叫びは、少年の魂を揺さぶり、これからの人生を切り拓く力を与えてくれた。その音楽を胸に刻み、彼はこの世界に新たな足跡を残すと誓ったのだ。心の奥で何かが響き、自分には何かを成し遂げる力があることを確信した。この感動を誰かと分かち合いたい。強い思いに駆られた。私たちは生きているのだと。

帰路につくとき、静かな国道を走りながら、少年は変化を感じていた。その変化が何であれ、彼は確信していた。この広大な世界において、自身の力が、確かに何かを動かしているのだと。

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