短編音楽小説#21三浦大知『球体』
さざ波の音がする。音が反復されて、ピアノの音と重なる。
ピアノの伴奏は叙情。歌声は艶やかに自由を求め歌う。帰りたい、どこかへ。
光が男を照らす。音は光だ。輝いている。その音の響きに踊りはじめる。
腐敗した世界にも花は咲く。そう思いながら踊る。思い出の中にいるのは誰だろう? 音はさらに男を踊らせる。社会の中で。まるで村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』みたいに。
生きる感覚は麻痺している。まるで操り人形。砂場で砂を掴んでも、砂は砂のままだ。その手触りがする。
ビルの窓はすべて同じにみえる。誰かがわざと同じ規格にしているのだろうか? そして誰かと同じになってしまったのだろうか? ギターの旋律が鳴り響く。哀愁ではなく、乾いている。過去から響く音。硝子壜だけがこの部屋では綺麗だ。ひとり残された部屋。でもその部屋で踊る。頭の中でいつも音楽が鳴っている。誰の奥にも響いている音。手拍子が聴こえる。世界でたったひとつ綺麗だったもの。君はもういないけれど、踊る。求める音が世界を彩る。働いて、帰る部屋。でも踊ってもいい。シンセサイザーが、叫びにかわる。つかの間の間、眠る。そしていつかを願っている。
過去なのか、未来なのか。ふたりはともにいる。外に出たら死ぬ。それでも外へ行く? 君の声。僕の声。彼の声。アルペジオの音が響く。さらに過去からギターの音が響く。僕はどこにいる?
過去へと繋ぐドア。その扉はみたくないのに。
小さく笑う僕に誰かが言う。「泣かないで」
でも遠くへいくよう呼びかける声がする。リズムが激しくなる。夢のような世界へ向けて飛行船は飛び立つ。乗り遅れるな。誰かはそう囁く。未来へ続く船。チケットは誰が持っている? とり残される人々。雨がふりしきる。ドアが開く。未来へ繋がる、飛行船に繋がるドア。でも信じるべきだろうか。幼い僕は疑問に思う。
街並みは新しく変わり、信号の赤は止まれの意味なのに青に変わる。ただ自分でいたいだけ。でも走り出す。過去と未来が繋がる。テクノロジーと過去の神秘が重なる。押し寄せるリズム。弾ける。走り出す。ピアノが波の音のように広がり、広がる。僕は音の、世界の一部になる。そして踊っている。光のような音。感覚が麻痺していく。僕は僕だろうか? 仮面を被る僕。でもその仮面が歪む。本当の心はどこに? でも踊る。高い塔を作るために。美しさだけをメディアは伝える。美しさだけが響く。その場所でステップを踏む。疲れて、夜は眠る。未来と過去をいったりきたりする。
「変えられるのは未来だけ」そう彼は歌う。鳥のさえずりが聴こえる。風の音が聴こえる。身体中を懐かしい愛が包む。でもここはどこかからどこへの途中。どこが未来か、ページをめくる。もし歴史が言葉でできているなら、どこか遠くで蝶が羽ばたく。飛んだのは蝶。ひらひらと。僕は嬉しくなる。
巨大な祭りのはじまり。捧げられた祈り。月が太陽を覆う。鼓動だけが響いている。すべて街に捧げられている。すべては世界に捧げられている。「喉の渇き」。水を飲む。ただの水だ。渇き続ける。365日。僕はあなたのものだ。(誰かのものだ) 時は流れ続ける。響く鐘とノイズ。世界と僕のために選んだのは君。僕はただの僕。それを眩しくみつめる僕。波音に無限の営み。太陽の光さえ変わってみえる。君がいれば、僕と君は溶け合うだろう。いつだってすぐに見つける。波打ち際で願った願い。そして世界に含まれる。笑っている。静かに。君が喜ばせる。さあ、もっと向こうへ。疑問は消えて未来へ託す。人々とひとつになる。もう僕は僕だ。同じ僕だ。美しい機械音とブルースの音。でもひとつの歌の調べとして響く、球体を奏でる音楽。圧倒的、未来世界。
変化がはじまる。
自ら踊る。未来のための踊り。手を足を自由に捧げる。君の、世界のために。いつしかアルペジオは過去の調べではなくなっている。光のように煌めくアルペジオ。音がすべて消える。僕は囁く。
「君こそがこの世界のすべて」
これは誰の身にも起こる物語。これは男が女と出会う物語。これは昔から繰り返されている物語。となりに君がいて、となりに僕がいる。そして未来へ続く物語。もし君がいなくなってしまうなら、僕は間違った僕だ。この人生がまるで予行演習だと思っている。でもそんな僕にも、名も知らぬ花の香りがする。誰かが呼んでいる。それを感じられるだろうか? 呼ぶその声を、誰よりも聞きわけれるように。
広がる、愛。広がる、未来。それは誰かが望んだものかもしれないけれど、朝はやってくるだけ。それを救済と感じられれば。
西洋の音と東洋の音はまじりあって、新しい歌になる。この雨は昔から降る雨。この雲も昔からある雲。そして列車がはしりだす。どこかへ行くために。どこかへ帰るために。蝉が鳴いている。夏がここにある。美しい調べは徐々に高鳴り、昔のように音楽が美しく聴こえる。
さざ波の音がする。音が反復されて、ピアノの音と重なる。
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この詩のような短編小説は、三浦大知の『球体』をそのまま言葉でなぞろうと試みたものだ。
音楽を言葉で表せるだろうか?
それは僕のひとつのテーマで、すべてをのみこむようなこの音にぴったりだと思った。
僕は歌詞と曲からただ言葉を書いただけだ。
だからこの詩は『球体』に捧げられている。
でも、歌うように詩にしてみた。
どうか『球体』を生み出した人と、『球体』を愛する人に、許されますように。