短編音楽小説#53 Ben Watt, Julia Biel & stimming – Bright Star (Sunset mix)
夜の帳が下りた街角で、僕とアズチはバーに腰を下ろした。暗闇に溶け込むように静かな店内で、ふたりの会話は時の流れを忘れさせる。アズチは、彼の特有の哲学的な口調で、空を舞う鳥のように軽やかな言葉を紡ぐ。「もし望むなら、望むものになれる」と彼は言った。
「どういうことだい?」僕は訊ね返した。僕たちはそこで、夢と現実の狭間を彷徨い始める。アズチの言葉は、まるで遠い星の光のように遠く、しかし確かに存在する何かを示唆していた。だが、僕の心は現実の重みに縛られていた。確かに、夢の中では誰もが自由に飛び立てる。だが、ここは現実の世界、ビールの泡のように希望が消えていく現実の世界だ。
「自分の選択には責任が伴うだろう?」僕はアズチに問いかけた。彼は笑いながら、当然のことと答えた。「なりたいものにはなれる。だが、それで生きていけるかどうかは、神のみぞ知る」と。アズチの言葉は、時に僕を突き動かし、時には落胆させる。それでも彼の言葉は、僕の心の奥深くに響く。
僕はかつて、音楽に身を投じ、鍵盤に触れた指先に命を吹き込んだ。音楽は僕の魂を震わせ、世界との唯一の繋がりだった。それから、孤独な夜、僕は物語を紡いだ。言葉は僕の感情を運び、未知の海を航海した。僕はミュージシャンでも、小説家でもない。ただの夢見がちな旅人だ。
アズチの言葉には、いつも何かしらの真実が込められている。「なにものかになるというのは、自分が望んでいることを実現していくことにすぎない」と彼は言った。それは自由、そして無限の可能性への招待だった。アズチとの出会いは遥か昔、夢を追い求めた日々の中で生まれた。彼は現実の中で生きる道を選び、僕はまだ何者にもなれずにいた。
アズチは家庭を築き、僕は夢を追い続けた。僕たちは、違った道を歩んでいた。アズチの言葉は、僕にとっては憧れであり、同時に遠い響きだった。「俺はね、もう自由じゃないんだ」と彼は言った。「娘がいるからね。彼女のために俺は生きている」彼の言葉は、僕の心に静かな波を起こす。それでも彼は幸せそうだった。そして僕も、自由という名の重さを背負いながら、自分の道を歩き続ける。
電車の窓から見える夜景を眺めながら、僕は思う。自由は時に重く時に軽い。だがそれはいつも僕の中にある。アズチが娘のために生きているようには、僕はまだ何者でもない。しかしその自由が、僕には大切だった。
可能性が続く人生。その無限に引き伸ばされた可能性の中で、うまく踊るしかない。
あの頃とは違う。だからこそ、お互いの人生がみえる夜だ。
そして僕は僕の人生にしっかりとした価値を求め始めていた。