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短編音楽小説#20 Jon Hopkins:Breathe This Air, We Disappear & Open Eye Signal live

 最初の音はC#だったと思う。でもその先は考えないようにしていた。ドラムが響き、ハイハットが加わったところで踊り出したからだ。津波のように押し寄せる音の波。うねるような変化。時を刻むリズム。太陽が昇る前の暗闇。でもみんな朝が来ることを待っているように踊っている。
 足だけでリズムをとるのは嫌だ。身体で音を表現したい。そう思う前に身体が動いている。誰かが音に揺られはじめる。そのリズムが、他の誰かにも伝染する。ひとりひとりはそれぞれ自分のリズムで踊っている。感覚で。音はすべてステージ上の彼らが響かせている。でも僕は知っていた。踊りが彼らにも伝わり、世界を変えるのだと。
 目の前にいるのは二人組の女の子だ。彼女たちが少しずつ興奮してきていることがわかった。荒い呼吸がこちらまで聴こえてくるように身体をくねらせていた。時々、小刻みにジャンプした。フロアに振動が響いた。光が明滅し、時々、目を閉じるともっと音が感じられた。
 何かが誰かを動かしている。それは波のように伝わり、衝動を呼び覚ます。苦しみが喜びに変わるような。誰かを抱きしめたくなるような。でもふと我にかえると自分ひとりが踊っているだけかもしれない。そういう時に限って、目の前の女の子が振り返り、微笑む。
 ひとりではない。また音に身体を動かす。暗闇に負けないように、ステップを踏み続ける。後ろを振り返る。そして笑いかける。
 美しいピアノが響く。鳥が羽ばたいて大空を飛び、そして宿り木をみつけたような。そういう音だ。あるいは森の木が芽を息吹かせるような。
 真冬なのに春を感じる。季節が変わってしまったような熱気が会場を包む。
 時折、静けさが訪れる。ふと自分の奥深くにある気持ちに入り込む。でも足はとまらない。ずっと消えてしまったリズムが頭の奥で響き続けている。そして本物のバスドラムが響きはじめる。
 消えても残る残響。その後で想像を超えた本物の音がやってくる。後でいつも現実がやってくるように。小さく響いていたアルペジオは音を変化させながら上昇をはじめる。だんだんとステップが大きくなり、強く地面を蹴る。
 世界が広がる。想像でしかなかったものが動きはじめる。目の前のふたりの女の子と手を繋ぐ。それは一瞬のことかもしれない。でも手と手を触れあわせ、笑顔を交わす。
 リズムが激しくなっていく。心臓のリズムも、音のリズムも。
 彼女の笑顔が頭の中で広がる。微笑みが美しく。
 身体が軽くなる。頭に直接響くようにヴォイスが響く。艶かしい女性の声だ。求めている時に、誰かが耳元で囁きかけてくるような。天にも昇るような快楽。そういう場所へ連れていってくれる。
 反復された音は増幅し、直接、囁きかける。
 もうすぐ飛ぶ。
 ビジュアルが美しい波打ち際を映し出す。本物の波の音は聴こえない。でも音と歓喜の波が広がる。
 音がリズムだけになる。手拍子が響いている。ベース音が唸り、暗闇の中で何かを待ち続けている。
 きっともうすぐやってくる。何度も。新しく。
 暗闇の中で人々は激しく踊る。何かがやってくることがわかっている。感覚が広がっている。
 音がうねり、やってくる何かを讃えている。
 それでも、すぐ変化は訪れない。
 人々がすべてを捨てて、ひとつになることを待っている。
 激しくうねる。強く望む。希望がずっと揺さぶり続けている。やってくる期待に美しく踊る。
 世界に光が訪れる。まぶしく目の前が真っ白になるような光が。輝いていてみえない。でも望んでいた希望が夢のように叶う。そういう光がやってくる。
 繋がり、繋がる。
 過去と未来の間に今がある。音が聴こえてくる。
 周囲の人と抱き合う。一緒にジャンプする。手を大きく挙げて、ともにうねる。
 心が大きく変化する。
 天から響く音。脳裏に残る、美しいイメージ。
 夜に刻まれた幻想が、いつか本物になるまで呼吸をしている。周囲に笑いかけ、手を繋ぐことを望むように。
 闇夜が裂け、朝がやってくる。
 空が広がる。そう音が響き続けている。

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