短編音楽小説#36 NewJeans (뉴진스) ‘Ditto’
幸運を引き寄せる方法を教えてもらったことがある。それは自由に夢をみる方法と一緒にある女の子から教えてもらった。もちろん20歳は年齢が離れている女の子の言うことだから、僕は慎重に言葉を選びながら話を聞いた。
「つまり、無意識に、あるいは潜在意識に、夢も幸運も存在するのです」
女の子は何回か、その言葉を繰り返した。
僕は自分の無意識や潜在意識について思いを巡らせた。でもそれが自分の中のどの部分にあるのか、具体的にはわからなかった。
「夢や幸運が、無意識に存在するとして、それはどうすればやってくるのだろうか?」
僕は女の子の言うことがまだよくわかっていなかったし、きちんと知りたかった。女の子はキキという魔法使いで、僕が属するコミュニティでは有名な人だった。若くしてグルみたいなところがあったし、実際にキキの話を聞いて、幸運がおとずれたと言う人もいた。知りあいのつてで、キキのことを知り、そして今日なんとかふたりでビデオチャットできることになった。彼女は最初にお金はとらないと言った。
「まず、聴く音楽を選択してみましょう。それはなんでもいいのです。ストリーミングサービスから、自動的に流れる音楽でもいい。大切なのは、自分が今いちばん心地が良いと感じる曲を歌詞ではなく音で選ぶことです」
僕はMacBook Airでビデオチャットをしながら音楽を再生した。
キキは「しっくりくる音楽を選んでください」と言った。しっかりした口調だった。僕は最近、音楽を聴いていて驚いた曲を流した。いわゆるK-POPなのだろうか? でもNewJeansの”ditto”という曲には惹きつけられた。いわゆるガールズ・グループにしては音楽が良すぎた。そしてどことなく目の前のビデオチャットの中にいるキキを思わせた。若くしてすべてを持っているような印象。そして深みがあった。
「この曲は私も好きです。最近、よく聴きます。でも流行っているからといって、曲を選んではダメです」
「いえ。この曲にはあなたに惹かれるみたいに、惹かれるんです。どう言えばいいかな? なんとなくもう自分には戻ってくることがない若くて素晴らしい世界があるというか」
彼女は僕の言葉を聴いていた。そして少し沈黙した。
「つまり、自分の中から失われてしまったものを感じるわけですね」
彼女はそう言った。
僕は「例えるなら、そうです」と言った。
「わかりました。では夢の中に、あなたの失われたものがでてくるように無意識に、あるいは潜在意識に語りかけましょう。そしてそれを信じてください。信じることが大切です」
そう言うと彼女はNewJeansの”ditto”をBGMに詩をよんだ。それはなにかのまじないのようでもあった。言葉は聞き取れなかった。
僕は「どういう意味ですか?」と尋ねた。
彼女は「意味は重要ではないのです」と言った。
それからキキはいくつか質問をして、僕はいろんなことについて答えた。それは心理カウンセリングのような、あるいはスピリチュアルな時間だった。そのふたつの世界はどこかでは混じり合っている。
キキは「夢が変われば、現実も変わります」と言った。「そしてそれはたとえば聴く音楽を選ぶところからはじまります。悲しい時には悲しい歌から聴き始めて、少しずつ気持ちを変化させていきます。今のあなたの場合、若さのようなものが失われているのです。あえて言葉にするなら。だから”ditto”を選び、わたしと話している。失われた世界を取り戻すように。次の曲を選びましょう」
彼女はそう言った。
キキが言っていることはわかるような気がした。自分が今、聴きたい音楽に自分の心があらわれている。そしてその聴く音楽を変化させる。同じように自分の心も変化する。
しかし”ditto”のように心惹かれる曲には出会えなかった。いくつか良い曲もあったけれど”ditto”が、自分にはぴったりしていた。他の曲は派手すぎたり、おとなしすぎたりした。僕はそのことを正直にキキに話した。
キキは「あなたは何か楽器をはじめた方がいい」と言った。「自分の音楽を演奏することができるようになれば、その音楽の中に、幸運も夢もまだ残されているわ」と言った。
魔女は音楽の中にまだ僕自身が残っていると言った。そして幸運も。
それから僕は”ditto”を聴く時には、キキという若い魔女のことを思い出した。そして彼女の言うことを信じて演奏しはじめたピアノの音に、自分の夢や幸運が残されていることを感じた。