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短編音楽小説#32 Reliq・helfgott

 夏から秋にかけて雨が降った。2021年はずっと梅雨が続いているような気候が続いた。だから時々は傘を持っておらず雨に濡れるままになった。
「おかしな天気が続くね」
「最近は異常なことが立て続けに続くわ」
 妻と僕の会話もこの異常気象にうんざりしていた。雨が降れば降るほど僕たちは陰鬱になり、部屋に閉じこもる。
 数年前、異常気象世界のためのトロピカル・ミュージックとしてReliqが発表した音楽世界は僕にとって魅力的だった。しかし実際の世界が本当に異常気象に見舞われるようになると予言は災厄を運んできたようにも思える。
 僕はこの音楽を台風の日にレコード店で購入したことを覚えている。その日もおかしな気象で大雨が降り、まだショップでCDを購入する時代、買ったばかりのCDを車のカーステレオで聴きはじめると、とつぜん雨がやんだ。まるで音楽がこの雨を終わらせてくれたように感じた。その後に出た虹のことを覚えている。
 これは円盤を購入した最後の記憶かもしれない。僕の車のカーステレオの中にはずっとそのCDがはいっていて、Bluetoothの調子が悪くてiPhoneから音楽が聴けない時には、いつもそのCDを聴いた。
 実際に何万回と聴いた。その音楽は古い暗号みたいに僕に解読されることを待っているようだった。『Metatropics』というアルバムの10曲目”helfgott”という曲。僕は本当にこの曲が好きになった。このhelfgottという曲は、1947年生まれのオーストラリアのピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットにインスピレーションを受けて作られた曲らしい。このデイヴィッド・ヘルフゴットは映画『シャイン』のモデルになったピアニストでもある。
 デイヴィッド・ヘルフゴットは芸術的な道を歩む中で若くして統合失調症を患った。でもそんな中で妻の支えもあり奇跡的に回復し、カムバックしたということだ。
 デイヴィッド・ヘルフゴットの音楽は、遠く離れた日本のミュージシャン、Reliqにインスピレーションを与え、その音楽は僕にインスピレーションを与えた。
 僕は様々なものごとからインスピレーションをもらう。そして自分も誰かに何かを伝えられたらと思っている。この異常気象の世界の中で、信じられるのは誰かの確かな足跡が後の人に勇気を与えることだ。だから僕はまだ歩ける。
 
 僕の家の裏側には池があって梅雨の季節には蛙が雨が降るたびに鳴いた。その合唱で妻は眠れなくてイライラした。でも秋になると蛙たちはこれだけ雨が続いても鳴かない。彼らはおたまじゃくしから蛙になり、秋には蛙から何かになるのだろうか?
「蛙はどこに消えたのだろう?」
 僕は尋ねてみたけれど、妻は鈴虫の合唱のほうが好きだと言った。
 
 久しぶりにhelfgottを聴く。その音楽の中にはこれからはじまる波乱の世界を知覚し、音楽にしたミュージシャンの予感がこもっていた。まるで雨にはしゃぐ子どもたちのように音楽やリズムが異様な世界を描く。
 この狂った雨の世界で咲き乱れる。そういう才能がきっとあって、僕はこの音楽が今でも美しいと思う。

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