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短編音楽小説#31 Original/Powerful Triplaneta – ELECTROCUTICA

 恋していた。
 ふたりで遠くに逃げようとした。ついてくると言ったのは彼女だった。無理にそう言わせたわけではない。僕も彼女もこの世から逃げ出したいことがあったから。僕たちは18と19で法律的には結婚できる年齢だった。でもうまくいかない。たとえば僕がどこかに就職して、彼女も働いて小さな暮らしを作れば良かったのかもしれない。でもお互いの両親には疎まれていたし地元で僕たちがうまくいくとは思えなかった。
 どこか遠くへ行こう。僕はたびたび口にした。でもそういう言葉を聞く彼女はいつも黙っていた。
 
「何処でもいいよ」
 僕が何度目か同じ言葉を口にした日、彼女はそう言った。
 不安じゃないと言えば嘘になる。でもふたりあわせて40万円くらいはお金があった。3週間ぐらい猶予はあったかもしれない。
 僕たちは帰らないと決めて旅に出た。さまざまなしがらみをふりきって、ふたりきりを求めて。
 西に行くか、東に行くか。決めてなかった。服の枚数はトランクケースにつめこまれたものだけではあきらかにたりなかった。西へ行くことを決めて列車に乗った。戻る気はなかった。切符は片道でよかった。どこへ行けばこの人生の呪縛から逃れられるのか。距離というものは関係ないかもしれないと思う。でも僕たちには遠く離れるという行為こそ意味あるものに感じられた。
 故郷を遠く離れ、宿でふたりっきりになると彼女は不安そうな顔をちらりとみせた。季節は秋でまだTシャツで過ごせる時期だった。彼女はワンピースを持ってきていたが、あとはパンツ姿だった。


 ふたりっきりですべてをはじめる。ふたりきりですべてを決定する。ここが世界でここがすべてだった。逃げてきたのだ。14歳が家出するよりはものごとは簡単だ。けれど社会に認められたふたりではない。
 いつまでこうしていられるのか。お金をおろすたびにリミットは迫っていると感じた。そんな時に恋をすることと、愛することは違うという言葉が頭をかけぬけた。
 不安定な状態で彼女を愛するということ。旅先でも働くことは必須だった。そんな時はMacをスマホに繋げて旅をしながらでも働ける仕事をした。依頼を終えると少しだけ時間が巻き戻った気がした。
 僕がコンピュータに向かって仕事をしている時、彼女はスマホを触ったり、本を読んだりしていた。彼女に危ない仕事をさせるわけにはいかない。でもコンピュータをもう1台購入して、ふたりで旅をしながら働けるほど彼女は器用ではなかった。
 もっと力があれば。大人ならどんなことがあっても自分たちの暮らしを守るだろう。でもまだ僕たちは未熟で、逃げた先の生活を本当にリアルには考えられなかった。
 どこかで家を借りなければならなかった。敷金、礼金0円。そんな看板を何度もみた。でもそういう時こそインターネットの情報が頼りになる。社会は汚く汚れていて醜い。それはインターネットも同じだった。でも自分の見る目があれば有効的な情報はあり素晴らしい人もいる。
 僕は慎重になった。子どもの頃からコンピュータを触っているのだ。言葉と数字に嘘があることは理解していた。
 旅立って2週間が経過する1日前に家を安く貸してくれる都会の人を見つけた。ここから1400km、東。結局、事前にもっと慎重に行き先を決定するべきことは明らかだった。距離は一度戻って東へ行くことになる。でもそう話すと、彼女は僕のことを何も間違ってはいないと褒めてくれた。


 何処へ行くのか。辿り着けるのか。
 でも、もうひとりではないし、ずっと逃げるなら逃げ続けなければならない。この世界から。彼女を守ることができるか。そう思うたび、自分の腕が細く感じられた。
 もっとほかの選択もあったのかもしれない。もっと時間をかければよかったのかもしれない。でも僕は焦っていたし、逃げなければ離れ離れになってしまうと怖れていた。
 そう。怖かったのだ。自分がこのまま年齢を重ねてしまうということが。時間は明らかにスピードを増し、世界はどんどん狂っていくように感じられた。そんな中、まともに自分たちの暮らしを作り上げるなんて想像できなかった。逃げなければならない。此処から。そう僕は感じていた。でもひとりは嫌だった。


 愛してる。
 彼女がついてきてくれたことは嬉しかった。この世界の中で彼女の中にだけ居場所があると思った。
 東のある町で家を借りた。ふたりきりの生活がはじまった。インターネット上の仕事はうまくいく時もあった。薄氷の上をすべるような生活が続いた。彼女もスマホでできる仕事を探して何かをしていた。町に知り合いはひとりもいなかった。宿主は都会の人で格安で家を貸してくれた。僕たちはここを根城に自分たちの暮らしを築き上げなければならなかった。でもそんな時にひとりではないことは励みになった。世界は真っ暗でも、夜明けがくると信じられた。ふたりでいることは根源的な力だった。


 季節と夜は巡る。真夜中にはふたりで暖めあった。世界にふたりぼっち。でも僕はこれまで生きていていちばんというくらい幸せだった。彼女を何度も抱ける。生きている喜びがあった。


 もちろんそんな生活がいつまでもうまくいくわけはなかった。警察に捜索願いを出された彼女が最初につかまり、家へ引き戻された。
 冬に、僕はひとり東の地に残るか、故郷へ戻るか選択を迫られた。でも手には彼女の手を握ったという感触が残っていたし、ちゃんと彼女を守れる力を手にしなければならないと思った。
 春が来るのはまだだった。でもしばらくするとお互いの家が歩みよろうとしていた。何より彼女を抱いた感触が残っていた。


 未来はまだだ。でもまだ僕たちはどこにだっていける。
 何処でも行こう。辿り着けるから。ゆりかごを求め。

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