短編音楽小説#28 The Cinematic Orchestra -To Build a Home
家を建てなければならない。結婚した時、いつかそういう決断をしなければならないだろうと思った。妻は遠くはなれた場所からやってきた人だったし、彼女がいつも帰れる場所を作らなければならないと思ったからだ。僕たちふたりが還る場所。そういうものが必要だ。
文章を書いて家を建てる。それは現実的ではない。かといって、彼女と結婚するために働いた仕事は、本当は好きではなかった。だからすぐに家が建てられるほど、裕福にはなれない。
少しずつ、家を建てるしかない。まずは土地だ。どんな場所がいいだろうか? 僕はどんなところが好きだろう? 自然が多い方がいい。山や海に近くて、散歩のコースにはお気に入りのカフェがあって。静かな場所で、年齢を重ねて、のんびり働けるようになったら、また本を書けるような。そういうふたりの場所を手にしなければならない。
冬は暖かい方がいい。家の中はものが少なくて、調和がとれているほうがいい。そして僕がMacを触れる場所があって、音楽が聴ければいい。
そう思った時に、The Cinematic Orchestraの”To Build A Home”をもう一度、聴いた。とても美しい歌で、初めて聴いた時、震えたことを覚えている。でもそれはその音楽の持つ半分の魅力だった。
久しぶりに聴いて、この人はどんなことを歌っているのだろう? と和訳を読んだ。
それはまさにふたりのための家の歌だった。
“This is a place where I don’t feel alone
(ここはもうわたしがひとりだと感じることがない場所)
This is a place where I feel at home
(ここはわたしがホームだと感じられる場所)
‘Cause, I built a home
For you
For me
(だからわたしは家を建てよう
あなたのために
わたしのために)
Until it disappeared
From me
From you”
(わたしたちがいつか消えてしまうまで)
The Cinematic Orchestra “To Build A Home”
僕は音楽ばかり聴いてきた。その音ばかりを。
でも言葉に心を動かされることを知っていた。僕は日本人だから、ネイティブのように英語を理解できない。でもこの歌をもう一度聴いたら、それは僕のことを歌っていると思った。今、この時の。今、これからの。
子どもの頃、多くの小説の中に未来をみた。
大人が書いている小説には、いつか僕たちが体験する未来が書かれていて、言葉から僕は未来を知った。
いつの間にか年をとって、言葉を追い越してしまったみたいだった。でも、そんなことはない。歌の中に美しい言葉はあって、僕はまだそのことを知らないだけなのだ。
なんて美しい歌なのだろう。
そして僕はこれからこの歌をなぞる人生を生きたい。
音楽には、いつも未来を教わる。
未来がこの歌のようなら、きっとそれは素晴らしい人生だ。