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ゲーム機、あるいはコンピュータの真夏の進化論

昔はゲームもよくしていた。だから妻が動画で面白そうなゲームをみつけると、一緒にゲームしたいなと思うことがある。なかなかふたりでハマることができるゲームってないけれど。でも、子ども時代みたいにゲームに夢中になるっていいなと思います。

子どもの時には、ファミリーコンピュータなどゲーム機が登場するという時代で、楽しかった。でも、うちの家はなにも知らない親が売り切れているからとマイナーなゲーム機を購入したから大変だった。自分の家にあるゲーム機がマイナーだからこそ、ドラクエとか有名なゲームをすることになるのは、ずっとあとになってからになる。

だから友だちの家に行ってゲームをするか、本を読んでゲームのことを想像するしかなかった。そして多数派のファミコンがいつか没落する日を夢みた。

このあたりの子どもの時の人生体験が、僕をマイノリティ気質に育てたのだと思う。京都の大学に居ながら、ソニーのプレイステーションが天下をとった時は嬉しかったし、WindowsとMacのうち、Mac派だったから、iPhoneが天下をとった時も嬉しかった。

村上春樹さんが、子どもの頃からプロ野球好きで、阪神ファンだったと最新のエッセイに書いておられる。そして東京に移り住んだ時に、正しいプロ野球ファンとして、ヤクルトスワローズを応援することにしたと書かれている。
そういう気持ちがとてもよくわかる。親との関係が運命を決めてしまう時があるのだ。

ところで、ポカリスエットは大塚製薬の製品だけれど、僕は昔からコカコーラ社のアクエリアスが大好きだった。もちろんコカコーラ社は天下のコカコーラ社である。でもスポーツドリンクの分野ではポカリスエットよりアクエリアスは後発だった。
子どもの頃、なぜかアクエリアスが好きで、アクエリアス派を自認していたにも関わらず、真夏の炎天下のなか、ポカリスエットが優れていると何度も思わされた。つまり僕の直感は負けたのだ。
ここでの勝ち負けは意味がわからない。でもポカリスエットを飲むたびに、こっちが優れていると認めざるをえなかった。なぜか敗北感を感じながら。

今、大塚製薬も、コカコーラ社も経口補水液という医薬品みたいな飲み物を販売している。その経口補水液を飲みながら、ポカリスエット、アクエリアス戦争は、水分の体内吸収における優位性がどちらが優れているかというものだったのかもしれないと思った。勝手にどっちかの側を応援して、勝手に勝敗を決め、あとで納得する。ちょっと変わった人間だと思いながら。

Twitterなんかでも、きのこの山とたけのこの里のどちらが好きかなんて派閥があるみたいに、どっちの陣営につくのかというのは、軽いジョークみたいなものから、人生を揺さぶる選択になることだってある。

MacとWindowsだってそうだ。
Macを選んだから得をしたこともいっぱいあるし、損をしたこともいっぱいある。仕事のためにいやいやWindowsの管理者に教えを請うたこともある。

今、ゲームについて調べていると、Steamとかマルチプラットフォームなものや、iOS独自のものや、ブラウザゲームなど、ゲームの未来も様々だなぁと思わされる。
もちろん任天堂のSwitchは相変わらず売れに売れている。でもそういう天下(もう少し立派にいうとヘゲモニー)は、常ではないと、平家物語も言っている。
未来を読むことは難しい。
でもプロ野球で自分の応援するチームが勝った時みたいに、自分の応援するOSが売れたり、マイナーになっていったりということはある。

僕はMacとともにある。けれど、Windowsだって、Linuxだって学んでいる。様々なものに特徴があり、その特徴があとの時代でヘゲモニーを変更する要因になることだってたくさんある。

そういうことを考えながら、妻となにか楽しいゲームができないかななんて思っています。

Macは決して勝ち組なんかではない。最初にGUIを生み出したにも関わらず、OSの覇権争いに破れ、Windowsに天下を明け渡した。またLinuxをベースに、GoogleのAndroidやChrome OSが次のヘゲモニーを狙っている。

こういうことを考えるたびに、ダーウィンの進化論をベースに、社会的な進化論がありそうだと思わされる。そしてそれぞれのOSに特徴があるからこそ、進化はうまれる。ああ、多様性なんだなって思う。