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文字お化けの脳内メーカー

小学校に入る前に、地元の町に引っ越してきた。都会からの引っ越しで環境の変化には苦労していた。驚いたのが、先に住んでいた地元の子どもたちが、集団を形成していてなかなか馴染めなかったことだ。この時、僕は早いもの勝ちというこの世界のルールのひとつを知った。

次に授業や先生を選択できるなんて凄いと思っていた大学教育への幻想が、オリエンテーリングでクラスを支配してしまった4人組の男たちによって脆くも崩れ去った記憶がある。この時も早い者勝ちだった。

大学はおかげでサークルにしかほとんど行っていなかった。そして集団形成には負の側面があると思うようになった。
後で、河合隼雄先生の著作で、人と猿には多くの共通点があると学んだけれど、基本的に人間の世界も動物的な早いもの勝ちの世界だと思う。

対面のコミュニケーション。ルックス。力の強さ。そういう諸々の要素が人間関係というものを決定づける部分がある。その対抗手段として僕が選んだのは、本を読むことだった。
コミュニケーションには相手が必要だ。でも本の場合、自分のスピードや理解力で読むことができる。著者も自分で選べる。本はユーザーに決定権が多く委ねられている。

子ども時代に対人面でつまづきがあったとはいえ、友だちもたくさんいたし、親友もいた。だから僕が自分で思っているよりは、本は人生の副次的なものだと思う。でも、夜、眠らずに夜中まで本を読んで、授業中に寝ていたというのは本当の話だ。そして1日じゅう人と話すぐらい話が好きというタイプではない。

30を前後して、僕はUNIXのCUI(キャラクタ・ユーザー・インターフェイス)の世界に触れた。
プログラムみたいにコマンドでコンピュータを操作する技術だ。通常のコンピュータが持つGUI(グラフィック・ユーザー・インターフェイス)と同等ぐらいにこの文字の世界が好きになった。アルファベットのコマンドだけれど、このコマンドが文字であることが琴線に触れた。

去年、自分のホームページを作成した後で、ポートフォリオのホームページを作成し愕然とした。
本気で作ったのだけれど、本気で作れば作るほど、僕のグラフィックは文字だけのタイポグラフィみたいなものになった。つまり、脳内が活字でできているのだ。

言葉の世界は、他の人の干渉のない自由な世界だ。特に紙の本には自由があった。その頃の記憶というのは原点のように存在する。だからコンピュータのCUIの文字だけの世界も好きなのだろう。
バンドをやっていて、サークルにも強くコミットしていたから、集団が別に苦手なわけではない。
でも人と繋がるのに、たとえば音楽のようなブリッジ(文字通り架け橋だ)を必要とする人間だと思う。

思考はどんなことでも深く考えることができる。でも妻がやるように人の表情をみて、その人の今日の調子がわかるほど他人の気持ちがわかるわけではない。

人の能力が、自分が何に時間を費やしてきたかで決まることも今ではよくわかるし、人の心の中にある世界もそういう体験で決まるのだろう。だから僕のグラフィックが言葉ばかりなのはある意味しょうがない。

昔、脳内メーカーという心の中にあるものが具現化されたら? というWebページがあったけれど、僕の脳内も言葉ばかりだ。だからこそ、文筆家を名乗っているのだけれど。
人の心の中身はさまざまだと思うけれど、僕の脳内はだいたい文字ばかりです。