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知恵をえる(子どもは遊んで賢くなる)

映画のレビューとかを書いたりする雑誌編集の仕事を20年ぐらい前にしていました。
元々、文章を書いて生きていくことしか考えていなかった。本はたくさん読んでいたけれど、文章を書いたことはほとんどなかった。でも、自分は書けるという気持ちだけはありました。

実際には、昔、書いた文章なんて読めたものではないのだけれど、若い頃の根拠のない自信って、とても大切だと思う。
だいたい雑誌編集の仕事も、たくさんストーリーに触れることができるからという単純なもので、応募時からずっと雑誌編集の仕事を続けるつもりはなかったみたいです。
確か面接の時の質問の答えで、「2,3年働いたら、小説を書くつもりです」と答えたと思う。
そんなやつをよく雇ってくれたよな、と今でも思う。

たくさん映画を観る。たくさん本を読む。たくさん音楽を聴く。
基本的には、昔から自然にしていることだけれど、たくさん何かをすることが、自分を成長させることだと思っています。

A.I.の機械学習の話をします。A.I.の仕組みはなんとなくしか知らない人間だけれど、たとえば画像認識でものすごく大量のデータを学習させるとか、そういう話は読んでいます。
つまり、A.I.の学習法は、ある特定の分野のものをとにかく大量にインプットすることなんです。
これが学習として正しいと僕は思います。

バンドをやっていた頃、作曲するにはとにかくたくさん音楽を聴かなければならないと、大量のCDを聴きこんでいました。もちろん友だちには何千枚とレコードを持っている人間もいました。
だから僕の500枚程度のCDというのは、それほど多くはありません。
でも好きなCDをとにかく繰り返し聴きました。
そういう音楽が頭のどこかに記憶されて、音楽に対する質の知覚を生み出すのだと思います。

また子どもの頃から、小説や漫画など大量に読んでいました。
中学1年生の頃には、松本清張とか、大人が読む小説も読んでいたから、かなり本を読んでいたのだと思う。
また繰り返し読む本もありました。
村上春樹さんの小説なんて、ものすごく繰り返し読んでいます。

映画もたくさん観ていました。
父が勧める『2001年宇宙の旅』みたいな難解な映画を小学生の頃に観ていたから、これはなんだろう?と考える癖がついたのだと思う。
また高校生の頃に、オードリー・ヘップバーンの映画を観たり、押井守の作品を見つけたり、『ブレードランナー』を観たりしていたわけだから、わりと質の知覚はこの頃にはもうあったと思います。

とにかく、量をインプットすることが質の知覚に繋がります。
頭を賢くするのは、大量のインプットです。ものすごくインプットすることだと僕は考えます。
それも自由に。
興味、関心が失われた時には、誰かの助けが必要だと思うけれど、夢中になっている時には、夢中にさせておけばいいと僕は思います。

そして音楽を聴いた時。映画を観た時。小説を読んだ時。
生み出した人のことを想像します。

僕は元々、頭の良い人間ではないと、このエッセイで書いています。
それどころか、落ちこぼれでした。
今も、それほど頭が良いわけではないとは思うけれど、それでも本を書くことができました。

臨床心理士の場合は、ひたすらクライエントと向きあった時間が力になります。
様々な人とできるだけ多くの時間を精一杯すごす。
そういう時間が、人の能力を成長させます。
僕の知る限りでは、妻は経験豊富な臨床心理士になりつつあります。

子どもの頃から、もちろん楽しみながらでいいのだけれど、ものすごくインプットする。
ものすごく遊ぶ。
そういうなかで、自然にもうそこにある知恵を吸収したものは、触れなくなります。
もっと面白いものを求める。人間の欲望はつきません。

20年前。雑誌編集の仕事で、公開前の映画をたくさん観ました。
仕事で映画を観ることができるなんて、幸せだったと思います。
でも、ある時に気づきました。
映画って面白いものだと思っていたけれど、この世の中には、誰も観ないようなそれほど面白くない映画がたくさんあることを。

僕も小説を書いています。一生懸命、書いています。
でもそれほど多くの人には読まれない。面白いと言ってくれる人もそれほど多くない。
今では、あの時、仕事で映画を観ることができていた時間を、とても幸せだったと思います。
そして、今ではストリーミングで音楽も映画も、浴びるようにみることができる。
そんな時代だから、浴びるように吸収してきた子どもたちが、新しい時代を生み出すことを疑っていません。

子どもの頃。教師だった母親に、なんのために勉強しなければならないのか? 尋ねたことがあります。
その質問には、様々な答えがあると思うけれど、たくさん子どもの時に吸収すれば、その吸収したぶんだけ、その人は才能のある人間になれるのかもしれません。