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NEXT WORLD

ダーウィンが発見した進化論と、ミームを背景に、アートが常に淘汰圧にさらされていることを描いた野崎まど『2』を読んだ。
2002年に雑誌編集者を辞めてから、関西では文章で生きていくことが難しくいろいろ悩んでいた時期に、この淘汰圧に僕の文章はさらされていた。作家になりたい。以後はそういう気持ちで働きながら書いてきた。
凄い文章や凄い人に出会うと、つい負けたと筆をおりたくなる時もある。
そういう気持ちをこめて進化論を語る『2』はとても凄い。
僕も進化論やミームのことを考えていたから、このレベルで作品にされると本当に凄いなと思わされる。
でもこれだけ凄いと思えるプロと、みている世界は似ているのだから、まだ自分のセンスは大丈夫だと思える。
特にコロナ後の世界では。

大学時代の卒論で、脱工業社会と情報社会を論じた。1999年のことだ。アルビン・トフラーという未来学者の『第3の波』を背景に書いた。
この時は、工業化社会の問題点を情報化社会が解決していくという考え方をしていた。
満員電車。大都市。工場のような学校。画一化された思考。
これらは産業革命以後、問題になってきた工業化社会の側面だ。
それが情報化社会で変化する。
そう論を展開していたのだけれど、現実は違った。

恐竜たちも環境が変わるまでは一時代を築いた。爬虫類に近い変温動物の恐竜。環境の変化に適応できなかったのだろう。絶滅した。
新型コロナウイルスによって、ようやく工業化社会を脱し、情報化社会へ変化が始まるという気がする。
危機感によって。
言葉では変化できなかったのだ。

生命は環境によって変化する。生きるために。
言葉のレベルで新しい世界があるといくら言っても、伝わらない。
戦争とか、ウイルスとか、そういう困難があって、はじめて生き延びるために変わるのだ。
それがリアルな進化なのだろう。
きっとすべての生命はそうなのだ。

文章で生きようとする人間やアーティストは、社会からどこかはみ出した人間だ。
新しい価値観を常に探している。そういう必要がある生き物だ。
それを個性と呼ぶことができるかもしれない。
自分のあり方で生きようとする。難しいことだけれど、そういう人たちなのだ。

アルビン・トフラーは情報化社会への変化を著作『富の未来』の中で、音楽やファッションなどのハイセンスな領域からはじまり、徐々にインフラに関わる領域や経済にも浸透し、学校や会社にまで変化が及び、最後には国が変わると言った。
その変化にはスピードの違いがあると語られていた。
そして、国家が情報化社会に適した形に変化する。
そこからはじまる世界があると思う。

著作『awake』で次の社会があることを語った。妻に語るようにみんなに語った。
親愛の気持ちをこめて。

現代社会は工業化社会と情報化社会の狭間にある。過渡期だ。
工業化社会的なものは徐々に衰退していくだろう。価値観の変化がある。
どうすれば0と1の世界に近づけられるか?
あらゆる領域で問われている。

想像の世界にある未来について、小説の舞台として考えたい。

現実はどうなるのか?
それはわからない。
ほとんど霊感に導かれるように書いた『KID A』や『awake』と違い、ここから先は本当に未知の領域だ。

『KID A』はファンタジーが物語のベースだ。
『awake』は旅行記がベースだ。
次の小説のベースは決まっている。
今年はこの作品を書かなければならない。