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オカゲサマロック

小学生の頃から作家になりたいと思っていたけれど、文筆修行を始めたのは25歳ぐらいの時。
処女作の『C』が記憶が正しければ30歳の作品だから、まだまだだ。
夢は叶ったのか、どうなのかわからない。
雑誌編集者をしていた頃、作家になりたいなんて夢を話していたら、悪い先輩が、名刺を作ったらもうそれで作家だよ、なんてことを言っていた。
その頃と比べれば、実際に作品を発表しているし、電子書籍も公開しているので、ましだとは思う。
僕が作家かどうかは、本を読んだ人に判断してもらえればいい。
歌を聴いたり、ギターを弾く音を聴いたりすれば、ミュージシャンかどうかはわかる。
作家も同じだと思う。

ふとテレビを観て、誰かがおかげさまでと吉野の町を訪ねる番組が放映されていた。
誰が誰に感謝しているのか? わからないけれど、おかげさまでという言葉の意味を今、思い出した。

23歳か、24歳の大学を一年、留年している時期に、編集・ライターの教室へ月に一度、通った。
大学では授業にろくにでず、バンドばかりしていたから、本当に職業としての編集者・ライターとしての技術は、その教室で学んだのかもしれない。
大学生ぐらいの時の僕の文章は、今、読んでも下手だとわかるものだった。
小学生の頃から大人の小説を読んでいたのだから、読書熱心だった。
でも書くことはしていなかった。僕の字は汚くて、手書きの自分の字が嫌いだった。
だから僕の文筆はMacを購入した日にはじまったし、コンピュータと出会うまで、夢は頭の中の冷凍庫で保存されていた。

才能というものは、どちらかというと執着心みたいなものと最も関わりがあると思う。
どこまで書けるようになりたいのか? その追求の上にある。
村上春樹さんが『アフターダーク』という作品でハワイの説話として書いている。
(自分の中にある)石を山のどこまで転がすかという話。

誰も訪れることのない個人サイトでエッセイを書く。
ほとんど誰も読まないような小説を書いている。
そういう人々のひとりだ。

おかげさまでとは、目に見えない神様や仏様の力に感謝する仏教の言葉らしい。
このおかげさまでという気持ちを知ったのが、30歳もなかばだったんじゃないかなんて思う。すごく遅いけれど、僕みたいな人間でも、感謝の気持ちを持つことができた。本当に。

小説もいくつか書けたし、結婚もできたし、なんとか仕事もできているし、Webページも作った。
昔はバンドもしていたし、友人にも恵まれた。
もちろん良い時ばかりではない。ひどい時もたくさんあった。
でもこんな時代だけれど、感謝していることはとても多いです。

世の中に逆らうようにバンドをしたり、自由に小説を書いたり、結婚をしたり。
そういう人生を歩めていることを感謝しなければならない。
もし好きじゃないことだけをずっとしていたら、もっと大変だったと思う。

子どもの頃に夢みた小説家になれたかどうかはわからないけれど、作品を書けて本当に良かったと思っています。
まだ完成していない作品も、最後まで書きたい。
これまでの道のりにも、神様や仏様のみえない力は働いていたし、誰の心の中にも不思議な力がある。
そう感じています。

時々(?)かどうかはわからないけれど、世の中にたいして文句を言いたくなることもある。
そういう文句も、言っていいと僕は思う。
たしかニーチェだったと思うけれど、もし世の中が憎いなら世界でいちばん世の中を憎めばいいみたいなことを言った人がいる。
本当の気持ちが大事で、その本当の気持ちが、少しでも晴れてくると、その本当がいつか世の中を本当に良い方向へ向かわせる。
嘘で世の中のことを好きになったりしなくていい。

僕は正直、生まれてきてよかったって、そんなに思うことがありません。
ただ生きているだけで感謝なんていう人間ではない。

でも結婚できてよかったと心から思っているし、小説が書けてよかったと何度も思っているし、感謝しています。
良いことも悪いことも、心を揺り動かす。
心はずっと動いているんです。
世の中がずっと動いているように。

心が変化し続けた先には、もっと深くおかげさまと感謝できる境地にまでたどりつけるのかもしれない。

だから、ああ、生きていてよかったななんて思える時に、そう思えなかった時のぶんも感謝する。
本当のことがなにかわからなくなっている時に、ふとみたテレビで感謝の気持ちを思い出す。
おかげさまって本当に思うし、不思議な力はこの世界にある。

そういう不思議さを本当に感じられた時に、ようやくこれまで語られてきた神様や仏様のことが、すこしわかるのだと思う。
少しずつ、少しずつ。