RADIOHEADの3rdアルバム『OKコンピュータ』の最後の曲「slow down」が最近、あたまのなかで流れる。
トム・ヨークが少しADHDっぽいような友だちの話に「もっとゆっくり」と語りかけるような歌詞なんだけれど、歌詞の意味に注目したのは今日が初めてだった。
僕は英語のヒアリングができないし、大抵は曲や歌を聴いて、音楽を聴く。10代から長い間曲づくりのために音楽を聴いていた頃の癖で、新しいアイデアを常に音楽の中に求めている。
当然、「slow down」もメロディは覚えていたのだけれど、歌詞までは読んでなかった。ただスローダウンと歌うトムのボーカルが印象的だった。
妻が臨床心理士の試験を受けると言うので、受験のために遠くへ行っている間に『コンフリクト』という短編を書いた。もうずっと前の話だ。でも妻はこの話を僕のベストに近いと思っているらしく、よくあの話は良かったと話す。
妻がもう眠ってしまっている夜中や、妻が用事でいない時に、よくエッセイを書いたり、短編を書いたりする。
ひとりにならないと、たいてい文章ってそんなにまめには書かないものです。
『コンフリクト』という作品は、主人公が思い浮かべた女性が車を運転して事故を起こす話なんだけれど、当然、この話にも意味はある。RADIOHEADの「slow down」みたいに。
トム・ヨークの場合は、親友に語りかけるみたいに、世界に対してスローダウンと言っているように聞こえる。
『OKコンピュータ』と情報化社会の到来を予言しながら、もっとゆっくりと歌っているのだ。
社会の進歩に対して、今では加速主義なんて話もあるぐらい、スピードアップしてユートピアが生まれるのを待ちきれない人もいるようだ。でもコロナ禍のせいで、もう加速主義なんて言っている場合ではないのかもしれない。
これはまだわからない。
でも少なくとも、僕の脳内にはテンポアップし続けた社会がコンフリクトし、スローダウンを始めているように思える。
突然、話始めてとまらなくなった「ノルウェーの森」の直子の話を聴き続ける僕みたいに、もっとゆっくりと思う。
もっとゆっくりでいいんだ。そうしないと何かが壊れてしまうかもしれないし、アクセルを踏むことに夢中なラリった運転手みたいだなんて、世界のことを思う。
じっくりと答えを出さなければならない問題はあるし、何が正しいのか最後の最後までわからない。
加速するべきなのか? 減速するべきなのか?
少なくともこの問いかけに、コロナはブレーキをかけた。
経済は停滞し、人々は家にとどまり、少年たちは学校へ行かない。
でもこの前の休みの時に、少年たちが釣竿をもって魚釣りに行こうとしている姿をみかけた。
田舎だし、学校もないし、それぐらいはいいんじゃないかなんて僕は思った。
加速してきた世界で、ゆっくりと友情を育む時間もない。
この世界がそういう世界であるように思えていたから、少年たちが春なのに夏休みみたいにのんびりしていることが少し羨ましい。
ゆっくりと歩む道は経済的な停滞もあるだろうし、困難もあるかもしれない。
でも、時には眠れるだけ眠って、深呼吸をして、ゆっくりとすごす。
そういうことが良いことだってある。
明日も明後日も、僕は仕事だけれど。