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災いがまねく未来(左翼の母親のこと)

妻も優れた人だけれど、うちの母親も優れた人だった。
田舎の出身で学校の先生になるために大学に入り、その夢のとおり、国語の教師として小学校で働き続けた。
働きながら母親として兄弟3人を育てたのだから、とても立派だと思う。
それぞれ子どもは父親や母親から受け継ぐものがあると思うけれど、僕の場合は母親から物語というものを受け継いだ。
母は、大学時代に新聞社の地方の事務所でバイトをしたり、童話研究のサークルに入ったりして、社会の未来を考えていた人であり、いわゆる左翼思想、仏教思想の持ち主だった。

童話研究のサークルでは、物語により子どもたちに未来を語る方法について考えていたらしい。
僕が小学校3年生ぐらいで、まだ『風の谷のナウシカ』を公開したばかりの宮崎駿さんに出会ったのも、どこか母親の思想との繋がりがあったからかもしれない。
母親ら60年代に大学生活をおくった団塊の世代のうち、左派の穏健派らは宮崎駿さんたちのように物語を通じて未来に警鐘を鳴らし続けた。
科学万能、社会の揺らぎない成長を夢みていた時代に、どちらかといえば昔の農村生活に戻るような生活イメージを理想としてきたような人たちだ。
小学生ぐらいの時に母親と未来について話したことがあるのだけれど、未来は田舎の生活みたいになるというのが彼女の主張だった。
そしてそういう思想は、仏教思想とも相性がよかった。

話を現代に戻す。
左派思想が警鐘を鳴らし続けた現代社会は、東日本大震災やコロナ危機などを経て、いよいよ変化の時が来ていると考えられる時代にはいっている。

宮崎さんの『未来少年コナン』が原子力エネルギーの利用に対する警鐘であったように、多くの物語が未来への警鐘を鳴らしている。
そしてフィクションは、ある意味ではやはり現実とつながっているのだ。

右肩上がりの成長を夢見て、それが嘘だとわかった90年代のバブルの崩壊を経て、情報化社会がはじまった。

母親には申し訳ないのだけれど、僕は社会の未来については自然回帰を受け継ぎながら、発展としての情報化をいつも話している。
近著『awake』では、シリコンバレーを訪れた体験を元に、社会の未来について都市化ではなく、地方におけるバランスの良い情報化社会を主張してきた。
ポストインダストリー(脱工業化社会)の果てを、自然回帰型の情報化社会と位置付けたのだ。

もちろん自分たちが快適な環境は選ぶことができるべきだろう。
でも超高密度な都市は、資本主義が生み出した利益追求のお化けなだけで、持続可能な生活があるわけではない。
その主張は、もう一度、今だからこそここで繰り返しておきたい。

大切なのはバランス。

僕が求めているものはひと言で言えば均衡だ。
仕事。家庭。ライフワーク。人とのコミュニケーション。

あらゆる生活があり、でもそれらは今までは経済的に繁栄する右肩上がりの成長ばかりが求められてきた。
でも、それって幸せなんだろうか?

父親や母親たちの背中をみて、考え続けてきたこと。
それは自分たちの生活が幸せなものかどうかということだ。

誰だって全力疾走で365日、走り続けたらしんどい。
しんどいどころか、健康にも悪いかもしれない。
仕事もそうだ。残業ばかりの仕事を、しかも遠距離通勤で行っていたら、きっと精神的にも病気になってしまう。
満員電車も大っ嫌いだ。
しかもそれが生きるための、人と競争して優位に立つための、まるっきりのお金のためだけだったら、もううんざりしちゃうだろうな。

僕はある時期から大都会というものには、少しも憧れなくなったし、田舎で文章でも書きながら音楽を聴いていたいというのが本音だ。
妻がいて、家があり、人生をかけて書いていく文章たちがあって、そしてバランスのとれた仕事がある。
そういう生活を望んでいる。

バランス。

前回のエッセイで子どものことなんて考えられないと話したけれど、社会の未来にバランスがもたらされる可能性があるなら、また考えも変わるかもしれない。
でも、今はまだコロナで大変な時期だ。
でも社会が、人々の本当の幸福に目覚めて、大きく変わる。なんてまだ夢の夢だ。

災いが転じて福となればいいのですけれどね。