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短編音楽小説#4[曽我部恵一:クリスマスの夢]

電話が鳴ると、彼女は慌てて家を飛び出した。両親に聞かれるとまずい相手からだと、家の外で会話をするようにしているからだ。もちろん、そういう相手との電話を家の中でしても、それほど誰も詮索しないのかもしれない。けれど、自分に何かブレーキがかかる。そういうふうに思うから、家を出て、いつもは外で話すようにしている。

彼氏はいつも車の中から電話をかける。電話をかけるのは仕事の帰りだったり、いつも夜だから、車で国道を走っている時だったりする。彼女に電話をすると、決まって慌てて外に出てどこか家の近所だろう、歩きながら電話をしていることがよくわかる。そんなに慌てなくてもと思うのだけれど、そういうところも彼女らしくて悪くないと思う。

ふたりはそれほど長く電話をしたりするわけではない。けれど、メールで話すよりは、電話で話すことを大事にしている。それほどしょっちゅう会えるわけではないし、彼氏はメールが苦手のようで、いつの間にか電話がふたりの一番長く話す時間になっている。最初は、お互いの恋愛観だったり、さぐりあうような会話が多かったが、いつの間にか、暗黙の了解のようなものができてしまうと、ふたりの会話も、日常の会話に近づいていく。それでも、どちらかがどちらかに会いたがると、日常会話が急に色気を帯びて、やはり恋人同士特有の会話になる。

ふたりの携帯の着信音は同じだ。 お互いから着信があると、必ず同じ曲がかかる。 曲は「サニーデイ・サービス」という、もう解散したバンドの歌で、たぶん、今、こんなバンドの曲を着信メロディにしているふたりは、それほど多くないだろう。

古くて、それほど有名ではないバンドの曲から、今、付き合う若い男女の会話がはじまる。そういうせいもあって、ふたりの会話を、まわりの人々がもし盗み聞くことができていたなら、大昔から、たいして変わらないことを話していると思っただろう。はやりの言葉はまるで出てこないし、会話に出てくる有名人と言えば、10年前からテレビに出ていた面々ばかり。話す内容も、彼らの両親が若い頃に話したものとそれほど変わらない。
流れる音楽や、流行は大きく変わっていくような気がするけれど、きっとそういう部分にだけゆっくりと時間が流れるのだろう

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