面白そうな映画の予告編を観ることが好きだ。
あるいは昔のFFのゲームのトレイラー。大好きだった。
本編の内容はわからないけれど、とにかく面白そうなシーンが描かれていて、観たい! やりたい!って強く思わされる。そして頭の中で架空のストーリーを作り上げてしまう。
僕の創作の原点は、そういうところにあったんじゃないかと思う。
実は長い間待ちこがれて楽しみにしていた噂の作品がある。
有名なところでは、スタンリー・キューブリックの『A.I』がそうだ。大学時代から何年も待ちこがれた。
公開に先行し、こういう作品があるという噂がまずある。
あの『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリックがAIを題材としたSFを監督する。噂はずっと前からあったし、期待しないわけにはいかなかった。でも巨匠キューブリックは、『A.I』という作品を撮ることなく亡くなってしまった。そして完成したスピルバーグ版『A.I』。僕はこの作品に非常にがっかりしたことを覚えている。頭の中で何年も空想したキューブリック版のイメージがあったからだ。
でも実は僕の小説『KID A』と、このスピルバーグ版『A.I』には類似点があると思うことがある。どこかで待ちこがれた映画や作品を自分でイメージしていた時間が、自分の作品の元を作っているんじゃないか? そう思うからだ。
作品のインスピレーションとは、この映画の予告編に似ている。いつか書くだろうという重要なシーンの断片だけが頭の中にあり、そこを書きたいがために小説を書き続ける。だからメッセージの主張のために作品を書いているというよりは、こういうイメージのところが書きたいんだよなっていうふうに、隙間をうめていくように書いている。まずは予告編、パイロットフィルムみたいなものがあるわけです。
その予告編のようなものをじっくり考えながら、全体を考える。作品の書き方はいろいろだけれど、書きたいというシーンがあることは本当に救いだ。それは予告編を観て、読みたい! やりたいと胸を熱くしていたあの頃の僕と繋がっている。
最近、映画は予告編だけ面白かったり、予告編が面白くなくても本編が面白かったりといろいろだけれど、期待に胸をふくらませ、想像している時ほど楽しいことはない。そしてその想像を作品が超えた時の喜びは、本当に素晴らしい。
人生の大きな幸せのひとつです。