短編音楽小説#2[The Cinematic Orchestra]
海底深くに沈んだ宝があるという。
そんな嘘の話に胸を躍らせた男は、
船に乗って大海原へと出かけた。
海の旅では想像を絶する嵐が襲いかかり
幾度も男を打ちのめした。
しかし、目的の海域に辿り着くと
困難な旅を終えたばかりだというのに、
男はすぐに目的の宝を目がけ、深い海の底へと沈んでいった。
海の底はどこまでも暗く冷たかった。
底へ沈めば沈むほど
男はひとりになっていった。
そして、いつ終わるともわからない永劫の闇の中を漂いながら、
突如、意識を失った。
はるか闇の底で気がつくと、
海底に沈んだ古い街のような場所を男は漂っていた。
もちろん辺りに生きる人間は誰ひとりいない。
街の廃墟を照らす崩れたビルの隙間から
僅かにもれ続ける不思議な光が
陽の届かない深海の中で瞬いているだけだ。
きっとここに宝があるに違いない。
男はわずかな光を頼りに目的の宝を探しはじめた。
海底では、崩れたビルを住処とする魚の群れが
男の眼に映るただひとつの生きたものたちだった。
それでも魚たちがいるだけで、
男の心は少し軽くなった。
海の底に沈んだ街の
この世のものとは思えない幻想的な光景も
きっと男を少なからず慰めたことだろう。
しかし、死せる街の空虚さと、陽の光が届かない深淵の中で、
男は少しずつ気力を失っていった。
目指した宝のほんのすぐそばまで近づきながら。
やがて男は海の底に沈む失われた街で最後に死んだ男になった。
死ぬ直前まで、男にはその宝箱の中身が何だったのかさえ
知ることができなかったという。
何かを信じることや、いくつもの夢は、
ある意味では生きるために必要なことだろう。
それが結局は、何もない海の底を漂うだけにしかならない行為だったとしても。
そしてあらゆる映画や音楽や小説が、
どれだけその時、その人の心を癒すものであったとしても、
いつか誰もがそんな夢を忘れていく。
少年の日に憧れたガラクタの数々が
ただ思い出だけを残して、やがて消えていくように。
私が最後にみつけたガラクタは、
ひょっとすると、このThe Cinematic Orchestraという
バンドが奏でる音楽なのかもしれない。
あらゆる映画が世の中に語りかける素敵な嘘に飽きてしまった後も、
多くの人々との出会いに疲れて、ただ安らぎだけを求めるようになっても、
記憶の中の思い出は、誰にも奪うことはできない。
そして、そんな大切だったガラクタの数々が
もう一度、輝きを取り戻す。
そんな力が、彼らの音楽にはあるような気がする。
The Cinematic Orchestraという音楽は
きっとどんな映画よりも映画らしく
あらゆる音楽でもっとも映画のような
素敵な幻を与えてくれる。