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嗚呼、神様、仏様。

中学生の頃、親戚の叔父さんと仏教についての話をしていて、お釈迦様も人間だったのなら、人は誰でもお釈迦様みたいになれる可能性があるのではないか? という話をして凄く怒られた。その叔父さんはお寺と縁のある人と結婚していたし、仏教の信者だから仕方なかったのだけれど、論理的ではない大人の暴力で泣かされるまで怒られ、仏教の尊さについてわかったような、わからないような話を聞かされた。

中学生ぐらいの頃は生意気な無神論者だった。

そして高校生ぐらいからは真剣にロックに目覚め、ロックがポスト・ロックになったり、ハードコアになったり、ポストハードコアになったり、エレクトロニカになったりしながら、音楽を聴いている。

中学生の頃や高校生の頃は、論理的な科学的な考え方をしていた。そう思っていた。特に、中学生の頃のテスト勉強などはテストに向けて逆算してテスト勉強の時間を決め、いちおうのところ結果を出すということをしていた。最短の時間で最善の結果を出すことに夢中になっていた。仕事で求められるひとつの能力でもある。短い時間で成果が出せるなら本当に苦労はない。

最短の時間で最善の結果が出るわけがない。その最短には、別の時間がかかっている。

小学生にはいる頃は劣等生だったけれど、紆余曲折を経て読書が好きになり、だから成績が良いだけだった。実際は授業なんて聞いていなくても、本をたくさん読んでいたほうだったから、授業を聞かなくても友だちのノートと教科書を読むだけでテストで点がとれただけだ。

つまり、読書という膨大な量の学習をしていたから、授業を聞かなくても理解できるだけの学習力があったというわけだ。

高校などになると授業を聞いていないし、成績もひどくなっていった。ただ読書をしただけでは通用しないレベルになり、ますます音楽に夢中になった。

確かに20代の半ばぐらいまでは、論理的ではない不思議なことや、感覚的なことは理解できなかった。本を読んで理解できる言葉にできることしか、わからなかったからだ。この世の不思議さや神秘なんてまったく信じていなかった。神様や仏様なんて少しも信じていなかった。

妻と出会った後で書くことができた『KID A』という小説では、そのまま神様や仏様への疑問が冒頭に登場する。

そして作品を読み終わっても、神様や仏様という存在の真実はわかる人にしかわからないような物語になっているかもしれない。

しかしながら妻になった女性に、感じるということや、非言語の話をしてもらい、ようやく真実がわかるようになってきた。

妻と出会うまでも、なぜか宗教的な大学にはいることになったり、音楽を通じて神秘というものを学んできたと思う。

そして小学生時代を思い出せば思い出すほど、世界に不思議なことというものはあるということも凄くわかる。

小説を書いた動機としては、小学生時代から作家になりたかったからと言う以外に理由はないのだけれど、実際に作品を書くようになったのは雑誌編集の仕事を退職してからだ。

就職や仕事って、社会の価値観に従えるかどうかみたいなところがあるから(僕の経験では、個人的な価値観を尊ぶ組織などない)、その社会の価値観に従えなかった時に、自然に物語が生まれるようになった。

つまり、自分という人間の自我を守る装置として自分の物語が必要だった。

すべての宗教が社会的価値を持っていて、そしてなんらかの形で真実を伝えているように、僕の小説も僕の目を通した形でなんらかの真実を伝えている。

それらは大なり小なりひとりのあるいは複数の人間が生み出した物語だ。

実際の自分の人生と、語る物語が違うように、宗教が語る物語と歴史は違う。

でも科学的なことだけではないこともこの世界の秘密だ。

自然に世界の不思議さと、科学的な論理的なものごとが同居するような価値観になってきた。

そしてものごとは複数の視点からながめてみないとわからないと凄く思う。

叔父さんが強く語るぐらいには、仏教の素晴らしさもわかるし、キリスト教の人々がいったいどれだけの神秘を解き明かしてきたのかとも思う。

世界には複数の考え方があり、それらを繋ぎあわせてみなければわからないことも多い。

そして神様や仏様という存在に関しては、わかるようになる人と、わからないままの人がいるのではないかと思う。

それはすべての人が結婚できるわけではないことと同じだ。

すべての人に同じことがわかるわけではない。

今日、ある続編映画を観て、面白くないなと思った。でも妻はある程度は楽しめたようだ。

ひとりひとりに信じたい世界観があり、守るべき信念がある。

それらはきっと大切なんじゃないか?

僕のこういう文章でさえ。

今となっては、子どもの頃は愚かだったなと思うことと、子どもの頃は素晴らしかったなと思う部分がある。

だってそうじゃありませんか?