妻は臨床心理士であることを語りたがらない。
彼女の奥ゆかしい性格もあり、本当の臨床心理士の姿は世間では秘密のままだ。
多くの臨床心理士たちは、概ね善なる存在だと考えていいと思うけれど、臨床心理士にも派閥があり、すべての心理士が善なる存在というわけではない。
妻は、出会った時にはまだ大学院生で臨床心理士の卵だった。僕も「KID A」を執筆する前で、まだちゃんと自分の小説を書くということができていなかった。
村上春樹好きということで出会った僕たちは、最初、村上春樹について語り、徐々に僕が元雑誌編集者ということもあって、臨床心理学というトピックについて彼女にインタビューをするようにデートを繰り返した。
彼女の職場にも臨床心理士がほかにもいるし、結婚した今では僕はちょっとした臨床心理士通になっている。
河合隼雄先生がユング派に師事し、箱庭療法という心理セラピーを広められたことは有名だ。僕はそんな河合先生の講演を聞きに行ったことがある。
河合隼雄先生の講演を聞いても、かの人が凄いということがわかるだけで、臨床心理学とは何か? ということはわからないままだった。
今では少しわかる。本物の臨床心理士は、愛ある人なのだと思う。
他者を理解しようとし、その心の傷のようなものを受容し、共感する。
親子関係から傷は生まれているのかもしれない。あるいは学校や社会との関係のなかで傷が深まっていったのかもしれない。そういう誰のなかにもある生きるということの苦しみに耳を傾ける。
インタビューをしているつもりだった僕は、いつのまにか自分のことをよく話し、そして自分の心の底から書きたいと思っていた「KID A」というRADIOHEADの同名曲からタイトルを借りた小説を、彼女と相談をしながら書いた。
8年も前に構想していた小説を彼女に語るように書くことで、僕自身は大きく変わったように思う。
プライベートであるにも関わらず、彼女が僕の心を受けとめてくれているような時間だった。
河合先生が語っていた箱庭で遊ぶように物語を語り、深いところで受けとめられた。
臨床心理とは、どんな表現でもそれを受けとめ、相手を理解するというところに秘密がある。そして理解するということは、心が通うことだ。
「KID A」はある少年の話で、それはひょっとすると多くの少年たちのことでもあるかもしれない。
でも少年や少女たちの心を本当に受けとめてくれる。あたたかく理解してくれる。そういうところに臨床心理の真実がある。
ふだんは普通の女性だけれど、人を理解し、受けとめる力にはいつもかなわないなと感心させられています。