音楽サークルに所属していてバンド活動をやっていた頃の仲間からプロになった人間が3人いる。
ひとりは全国的に有名で、映画の主題歌まで歌うような人になった。彼女とはあまり話したことはなかったけれど、周囲のバンドの激しい演奏の中で、ひとり楽しそうに歌っていた。
名前はあえて記さないけれど、彼女は別格だった。僕たちが自分たちのサークルでライブハウスを借りて演奏していたのに比べ、彼女はひとりでも外で歌っていた。歌うことが人生の中であたりまえというタイプだった。
僕は僕のバンドがいろいろあって空中分解し、最後の夏合宿でどうしようかと思っていた。
後輩のふたりが声をかけてきて、スタジオに入り、すぐに凄いミクスチャーバンドができた。格好良い曲ができて、合宿の投票で僕たちは1位になり、大学の文化祭のステージに立った。
この時のドラムとベースはやはりプロになった。北海道まで自転車旅行に行くくらいの変わった奴でセンスがあった。
もちろん僕もバンドをやめてからインディーズの人間を紹介したいとフリーペーパーを作ったり、後に実際に雑誌編集の仕事をしていたのだから、変わった人間のほうに入るのかもしれない。
でもひとりは天才でふたりにはセンスと覚悟があった。僕は僕の音楽ではプロになれず、音楽活動に満足して、かねてから考えていた文筆修行をはじめた。
若くしてプロになる。
これは才能や恵まれた人間関係、そしてセンス。あるいは運もあるかもしれない。
ひとりでも歌うこと。ふたりならどこまでも行ける友情を育むこと。
人とは違う何かがあって、若くしてプロになるということはある。
僕はひとりで夏に京都から東京までバイクで旅行したことがある。これはなかなか困難な旅だった。本当は北海道まで行きたかったけれど、東北に台風が上陸して北海道までは行けなかった。
自転車で京都から北海道に行ったふたりのプロミュージシャンは、僕よりも根性と覚悟とセンスがあり、何より陽気だった。
今、思えば彼らの力があって、文化祭のステージに立つことができたととても感謝している。人と人が繋がって、あのステージに立てたのだ。
僕は年齢を重ねた。彼らや彼女も年齢を重ねた。
プロになった3人もアーティストとしてはそれぞれの道を歩んでいる。
青春の実りみたいなものを結実させ、歌を歌い、そして年を重ねる。
年をとっても歌い続けることで生活していくことは難しい。
僕は働きながら書くことで、自分の文筆を続けていくつもりだ。
書かない時期もあるかもしれない。仕事に夢中になっている時もあるかもしれない。
でも書くことには喜びがある。
プロになったミュージシャンたち。彼女や彼らがどうか歳を重ねても、歌い演奏を続けていることを願っています。