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短編音楽小説#25-Tame Impala – Let It Happen

 データが頭の中に流れ込んできてtrueかfalseの処理を繰り返している。その間に自意識はなんとか美しい音楽を思い浮かべようとする。くるくる配線を切り替えるみたいに思考を駆け巡る音とデータ。手は毎秒100keyでタイプを繰り返す。すべて意識することはできない。身体と思考のすべてが切り離され、自動的に作業される。僕は誰だろう?
 13時58分までに作業を終えるとプラグを抜きデバイスをスリープさせる。14時32分までにステーションに行き、16時42分に到着するチューブトレインに乗る。正確に時刻を計算し、2分の余暇でドリンクを飲む。健康に良いとされるオーガニックな液体。どろりとながれこむ。僕の胃は液体を機械みたいには処理しない。でもデータを処理し、分刻みで移動し、業務時間が終了しても働く。その間になんとか美しい音楽を思い出そうとする。
 頭の隅々までシステムの一部だ。でも時々、美しい音楽が聴こえて、自分はかつて自分だったと思う。でもどこかからエラー音がして、間違ったことを考えたと瞬時にきりかえる。思考はすべて論理的であるべきだ。
 
 1日が終わっても次のプロジェクトの計算を続ける。意識は休息を求めているが、ブレインは休息の時間を23時20分から05時37分までに設定する。薬にコントロールされていて、休息時間は何も考えられない。夢は分析されてクラウドにアップされるが意識にはおとずれない。無意識まで支配されている。
 自分であることを失うことで、生活は楽になった。すべてが管理されて迷うこともない。ifの可能性はすべてtrueかfalseで処理される。falseの行動は必要ない。有益なものは与えられ、使用を許される。幸福だと思う時間も、不幸だと嘆く時間もない。すべて管理されている。でも昔みたいに美しい音楽を思いうかべようとしてしまう。
 体重や脈拍や睡眠時間は適正の範囲だ。ただ音楽を聴く時間は与えられない。だから自分で音楽を思いうかべる。美しいピアノの音。思いだせた時には少し感情的になる。でもすぐに処理される。false。
 計算によれば22年と35日時間がすぎれば解放される。
 きっとその時には1日中音楽を聴くだろう。でもすぐ夢はアップロードされて、処理される。苦しみはない。すべて素晴らしい世界のためにある。

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