短編音楽小説 #24 Petit Biscuit – Sunset Lover
18歳になった時に、決して戻らない旅に出た。覚えていることはそれだけ。列車の永久乗車券は持っていたし、ずっと旅を続けている。人生の行く先はこの列車しか知らないし、目的地すらわからない。窓の外の移り変わる景色を眺めながら世界は美しいと思う。雨が降る時もある。風が強く吹いて、列車がしばらく停車する時もある。眠れない夜もある。でも旅を続ける。
列車に乗っている間はたいてい本を読んでいて、見知らぬ世界を夢みる。でも持ってきた本は何度も読みかえされてボロボロになっている。ひとりの人間が成長し恋をして、家庭を育み、死んでいく物語だ。人生は本来はそういうものだろうし、主人公に同情して何度も泣いた。本のなかでは理不尽なこともあるし、恋しくてせつないひとりぼっちの場面もある。愛が成就して喜びの中にいる場面もある。その場面を何度も繰り返し読んだ。でも物語は終わらない。
旅は単調だ。ずっと列車に乗っていて、時々、停車駅にたどり着く。何日間かの猶予が与えられ、町で命じられた仕事をする。人と交流することもある。でも列車が走り出す頃になると駅に戻り、また旅をする。
時々は故郷に帰りたいと思う。でも列車は単線路で一方向にしか走らない。だから通り過ぎていく人々のことを書き記し、時々思い出す。夕暮れ時の海沿いを列車が走っている時には、景色の美しさと、記憶が入り混じってなんともいえない気持ちになる。夕暮れ時に思い出す恋人。そういう人がいた。
夕暮れ時の中でいつまでも抱きあっていたかった。時間というものがもしそこで停止することができたり、幸せな場面で旅を終わらせることができるなら、その場面を物語の終わりにして映画みたいにエンドロールがながれても構わなかった。
でも無情にも次の目的地へ向けて列車は走り出す。そしてずっと旅を続けなければならない。
父が18歳になった出発の日に話したことを覚えている。旅の終着には神様がいて、お前の話を聞いてくださる。18歳になったばかりのお前には、神様に話すことは何もない。ただ言葉を覚え、いくつかの知恵を持っているだけだ。でも旅を終えた時、お前には本当の人生を生きたという経験がそなわっている。旅をくぐり抜けたお前自身の言葉を神様は待っているのだと。
父が話したことの意味はすぐにはわからなかったが、様々な人のことを思い出しながら、自分はかつての人間では少しずつなくなっていっているという気がした。そしてこの列車が運ぶものが僕自身であることもわかった。
いつになれば終着駅に辿り着くのか。その場所に本当に神様はいるのか。
移り変わる窓の景色に沈む太陽を思い出す。ゆっくりと太陽は沈んでいく。きっとその場所には美しい音楽が流れているだろう。