頭の中から、あるいは心のどこかから音楽が流れてくる。
何回か繰り返し聴いた音楽の時もあるし、オリジナルの音楽の時もある。
こういうふうに頭の中で音楽が鳴り響く人と鳴り響かない人がいるらしいとtwitterで読んだ。そういうものなのかもしれない。
小説を書くことも、きっと音楽が勝手に頭の中で流れる人と同じだと思う。
僕はバンドをしていたこともあるから、とてもよくわかる。
急に頭の中で音楽が鳴り響く。たとえば映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で工場で働くビョークがミュージカルのように歌い出す時。働くという苦しみが音楽を呼び起こすのかもしれない。
現実から逃避して脳内に音楽が流れる。凄くわかる話だ。
これを一種の乖離ととらえることもできるかもしれない。音楽や映画のような美しい世界に脳内が乖離する。きっと苦しい現実から乖離して、美しい音楽や映像が溢れ出すのだ。
小説を書くことも似ているかもしれない。音楽が溢れ出すのではなく言葉が溢れ出す。それは目の前で起きていることから遠く、別の世界に語るべきことがあって、言葉が溢れるかのようだ。
すべての作家がそういうふうに物語を書いているわけではないだろうけれど、目の前の現実とは違う、内的な現実が時には音楽となって、時には言葉としておりてくる。
そういうおりてくるものを、なんとか形にする。それが音楽や物語の核になる。
だからミュージシャンや作家にとって、演奏しなければならない音楽や、書かなければならないことがあることは、幸せとばかりは言えないと思う。
職業的なミュージシャンや作家なら、歌うべきことや書くべきことがあることはとても良いことだ。でもそれが生活の糧にならない行為なら、とても苦しい現実が、それを表現させているのかもしれない。
言わば苦しみを喜びに変えるために、個人の脳が生み出す現実を補正するような力。それが音楽や物語となって、作品になる。
スティーヴ・ジョブズには現実を湾曲して認識し、現実を変えてしまう力があったらしい。それは人々の認識とは違う何かが脳内にあったということなのかもしれない。アーティストは現実を違ったものさしで眺めている。
人生を順風満帆に生きていて、この現実を現実として謳歌し幸せなら、別に魂のどこかから、音楽や物語が生まれることはないし、そのまま人生の喜びの中にいればいい。でも人生の苦しみみたいなものを、心のどこかから、どうにかしたいというような時に、おりてくる音楽や物語は何か伝えるべきことがあって生まれているものだろう。だからとても響く。そして運が良ければそれは個人を超えて響く。
ただ音楽を聴いているだけ。ただ物語に浸っているだけ。そういうところからは本当のものは生まれないのだろうし、本当に現実を変えたいという願いが美しいものを呼び起こすのだろう。美しいものが生まれる秘密。僕はそう思うのだけど。