高校を卒業して、浪人生だった時に子猫を飼った。
小学校時代の親友の家に猫がいて、とても可愛かった。だから犬好きというよりは、猫好きになった。
確か、ひろったのだろうか? 家に子猫がやってきて心底、可愛かったことを覚えている。
今でも、時々、猫になりたいと思うけれど、猫になることは難しい。まず可愛くなければならない。世話をしたり、エサをあげたくなるぐらい可愛いことが必要だ。そして猫は自分で生きているわけではない。
まだ子猫を飼って何か月かという時に、子猫がいなくなった。
どこにいるのか? 部屋を出てスリッパをはいた時に、にぶい音がした。
突然のことだった。
子猫は僕のスリッパの中に隠れていたのだ。
今でも、子猫を踏んづけてしまった感触が忘れられない。
本当に可愛かった。でもなぜか僕のスリッパの中に隠れていた。
次の日は、原付をとばしてどこかに走りだしたかった。
でもすぐにスピード違反で警察につかまった。
なんであんなひどいことが起きたのか?
そしてなぜ、「ねこふんじゃった」なんて曲があるのか?
wikipediaによると、「ねこふんじゃった」は作曲者、不詳の曲らしい。
歴史の中のどこかでは、僕のように誤って、猫をふんでしまった人がいたのかもしれない。そしてその悲劇を曲にした。
いや、そんなことはないだろう。いったい誰が猫をふんでしまった悲劇を曲にするというのか。
もう20年以上前の話だけれど、本当に猫をふんでしまうことは悲劇です。
猫は可愛がらなければならない。
でも、子どもたちが、ピアノを弾きはじめる時に、必ず「ねこふんじゃった」を弾くのは、何かの呪いだろうか?
亡くなった僕の子猫。どうか天国で見守っていてください。