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ゲームの達人(人生のささやかな選択)

小学生のころ、ゲーム好きの友だちがいた。

名前を仮にH君としよう。

彼は勉強や運動ではそれほど目立たないが、ゲームはとにかく上手いというタイプだった。

僕もゲームは好きだったけれど、上手いとか上手くないとかいうのではなく、ただ好きだっただけだ。

H君は、とにかく点数を競うゲームならとにかく高い点数をとった。

今思い出せば、彼は実際の勉強での点数よりも、ゲームで点数をとることで自分の存在を証明したかったのかもしれない。

彼にとって、自分の存在証明はたまたまその時、ゲームで点をとることだった。

僕なんかも学校で点数をとるよりは、本を読んだり、部活をすることの方が好きだった。そして漫画を貸したり、借りたりということが好きだった。

手塚治虫先生の話をする。手塚先生は、宝塚のお金持ちの家の出身で、貧しい友だちに、いじめられてもおかしくなかったらしい。でも自分で漫画を描いて友だちにみせたりして人気者だったという話だ。

先生は医師免許をとることができるぐらい優秀だったわけだけれど、漫画の道を歩むことになり、神様と言われる存在になった。

勉強もできたけれど、友だちとコミュニケーションをとる時に、自分の描いた漫画が存在証明となり、友だちもたくさんできた。

運動はだめだったらしいけれど、いろんなことができるなかで、自分は漫画を描こうと、考えられたことは凄いことだと思う。これは手塚先生の話。

話をH君に戻す。

ゲームが得意だったH君は、とにかく自分の存在証明をかけて画面の中で、点をとりまくった。子どもながらにゲームの達人だと僕は思った。

今ではE-スポーツなど、ゲームが得意なことが活かせる職業もあるらしい。でも昔はゲームが得意なだけでは生きていくことはできなかった。

最後にH君のことを聞いたのは、高校進学の頃のことだと思う。たしかどこかの調理師学校にはいり、コックを目指すということだった。

彼には確かなゲームの才能があり、それは非凡なものだった。でもその当時は、そういう才能を活かすよう社会はできていなかった。

手塚治虫先生とH君の違いはなんだろう?

昔はみんな子どもだった。そしてその中から自分というものを見出していく。

そして子ども時代に発揮していた才能が、そのまま人生の道になることは難しい。

手塚先生の場合は、漫画という道が彼の人を神様と言われる高みへおしあげた。

H君は、今、どうしているだろう?

そして僕自身だって、今もなにかの達人というわけではなく、いろんなことを考えながら、こういう文章を書いている。

自分のなかに価値を見出せることと、それをうまく人生の道に繋げることの間には、すごく困難なことがあるからだ。

手塚先生のような人生も素晴らしいけれど、H君のことも忘れられない。

人生は難しい。