音楽をやめていた僕が、再び曲を書こうと思ったのは、ひとりの友人の死と、十年という沈黙のあとだった。
浅井が亡くなったとユキから電話があったのはユキと別れて2年ぐらい過ぎた頃だった。僕は時々は桜井やレニやサークルのメンバーと会っていたが、浅井ともユキとも会っていなかった。
僕は仲間たちがこんなに良い音楽を作っているのだから、それを伝えたいという思いで、Web関係の仕事の傍ら、音楽系のレビューサイトを作成していた。仕事もWeb活動も忙しくて、本当に時々、桜井やレニとスタジオにはいることしか音楽はしていなかった。
でも、自分はまだ若く、友だちたちがいた。たったひとり、浅井がいなくなったことを除いては。
「死因はわからないの。わたしも最近はそんなに頻繁に会っていたわけではないから、細かいことはわからないけれど」
そうユキが言うと、浅井がいなくなったのは本当のことなんだと思った。
「ごめん。ちょっと電話を切るよ」
「うん。また」
そう言って、僕は電話を切ってから泣きはじめた。仕事中だから、オフィスを出て自動販売機にもたれかかって泣いた。なんの予感もなく浅井はいなくなったのだ。
泣き止むことができなくて、いろんなことが頭の中をかけめぐった。
浅井と話したこと。浅井とスタジオにはいったこと。そして浅井がヘッドフォンをして、作りかけの曲を聴いてくれたこと。
僕は27歳になっていた。
仕事中にも関わらず、泣くだけ泣いて30分くらいして、なんとか仕事を終えた。その日は珍しく定時で帰宅し、ユキにLINEでお通夜のことを尋ねた。
ユキと別れたのは、僕も彼女もまだ若かったからだと思う。浅井のほかにはユキしか好きになっていないし、ほかの誰のことも気にならなかった。ただ思っていたよりも、浅井という存在は、僕の中で大きかった。
浅井を最後にみたのは、確か大学を卒業してどれくらいか後のライブハウス。そこで浅井は珍しく髪をいつもより伸ばして、僕に何かを言いかけて、やめた。
それが浅井と会った最後だった。
彼女は何を言いたかったのだろう? それは僕の中で大きな問いとして残った。
葬式を終え、サークルのメンバーやユキと話した後も、その疑問は解消されなかった。
彼女はなぜ亡くなったのか? 彼女が何か言いたそうにしていたことは何か?
僕はずっと考えていた。
それからずいぶん時間が経過したように思った。音楽活動をすることも、音楽を演奏することも、友だちと会うこともなくなっていた。
仲間たちの音楽を宣伝するために初めたWeb制作もやめてしまった。
僕はしばらく音楽も聴かずに、夜の中にいた。
37歳になった時、僕は村上春樹の「ノルウェイの森」を読んでいた。昔から愛読していた本だった。僕の場合、亡くなったのは親友でも恋人でもなかった。でも心を通わせた人が亡くなったことには変わりなかった。そして昔みたいに曲を作ってみようと思った。
I remember you. In our dream. I remember you. In our heart. Because you are waiting on the moon. Because you are waiting on the moon.
I can’t find you anymore. I can’t reach you anymore.
Visions of those distant days comes true.
roll over and roll over again.
We’ll reunite again again again.
roll over and roll over again.
We’ll reunite again again again.
I ’ll reunite again. on the moon. I imagine In future.
僕はかつて浅井が歌詞を書いてくれたように、歌詞を書いた。メロディもつけた。
そこには確かに浅井の死というものがあり、大きく時代が過ぎたという感触があった。
「月で待っている」
浅井は最後にそう言おうとしたのかもしれない。それは真実ではなくても、僕はそう思うことにした。
そしてこの現実の中で、この歌は生まれた。
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小説「Bird1」は生の物語だった。だからあとがき以外、当初の構想とは違って「死」については
書かれていない。
私は本当はDRGというバンドのメンバーだったし、亡くなったのはそのバンドの2番目のドラマーの
女の子だった。
浅井という人物は、いろんな人をモデルにしているし、Bird1という物語は、あれで良かったと
思っている。
Waiting on the moonというDRG OVER SOUNDSの曲に関しては、それでも彼女の死というものに、
ふたたび触れる必要があった。
そしてそれは浅井という人物の死を書かずには成立しなかった。
願わくば、この曲が月に届けばいいと思っています。