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短編音楽小説#82 Ambre Ciel – the sun,the sky

 

その日は久しぶりに晴れた5月の土曜日だった。季節の移り変わりで乱高下した気温も通年通りになり、空には雲ひとつなかった。男は心も穏やかで、5月というものはいいものだと思った。そしてドライブに出かけようと思った。

スターバックス・コーヒーでコーヒーとサンドイッチをドライブスルーで購入すると、男はあてどもなく南へ車を走らせた。何かの小説で、ふとした時に全速力で車のハンドルをきり、自殺を図る女性のことを思い返したが、その場面に共感したのはずいぶん昔のことだった。死に憧れるような苦しみはもうとうに過ぎ去っていた。仕事があることは喜びだった。そして休日があることも。あてどもなくドライブすることができるのも。時間は朝から夜へ移り変わる。太陽が半周し、月が半周する。やがて星々が半周する。それは地球が回転しているからで、自らが動いている。だからまわりのものが動いてみえるのだ。回転。そう回転している。

男は運命というものを信じているわけではなかった。ただ運命としか言いようのないものが存在する。そういう経験があった。自分から離れていくもの、近づくもの。とどまるもの。そして消えてしまうもの。それは男が回転しているからかもしれなかった。ただ太陽と月は常に遠く道標として存在した。

どこから来て、どこへ行くのかということは、もう男の問題ではなかった。男は南へ車を走らせ、海辺につき、サーフィンをすることを想像した。大きな波がやってきて、その波にのる。そしてそれを繰り返す。何もない休日にサーフィンをする。悪くない。でも男の車にはサーフボードは積まれていなかった。海は好きだったが、サーフボードとは縁のない人生を送ってきた。でもサーフボードはレンタルしてみてもいいかもしれない。何もすることのない休日に波間にいる。それは上等な人生の贅沢に思えた。そして男のまわりにはそういう人間はいなかった。

海。太陽。波間。

そういう休日もいいかもしれない。ただ男は泳げなかった。波にのらないと、溺れて死ぬのだ。そんな人間にサーフィンができるだろうか? きっと命懸けの波乗りになる。男は、その夢を忘れた。

煙草を吸った。正確にはIQOSだ。煙草の味は変わった。あとは男が好きなものは車と音楽。よく休日はドライブしている。きっともし生まれ変わったら、今度は金槌じゃない身体に生まれて、サーフィンをしたい。それがとても良い休日であるように思えた。いや、車と音楽があればいいかもしれない。音楽は5月の風とともに心地よく響いた。

最悪ではない。これはむしろマシな方だ。

男は考えた。どこかに辿り着いたわけではない。でも運命のようなものを知り、休日にドライブできる。そして音楽を愛し、まだどこかへ移動中だ。極上の人生ではなくても、悪くない。男は男にしかできないことが、きっとまだあると考えた。

 

【アーティスト情報】

Ambre Cielはカナダ・モントリオール出身の作曲家、ヴァイオリニスト、ピアニスト、そしてシンガーです。ドリーミーで広がりのある音楽を奏で、印象模式やミニマリストなどから影響を受けています。幼小期からバイオリンを学び、ペダルやループを使って音を重ねることを試みました。大学で作曲とソングライティングを学んだ後は、ヴァイオリンと声のレイヤーで楽曲を構築し、より豊かな和声を求めてピアノに戻りました。デビューアルバム『still, there is the s一つです。

詳しくはAmbre Ciel公式サイト【英語】をご覧ください。。

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**紹介アーティスト:** Ambre Ciel
**楽曲:** the sun,the sky

で聴く](https://music.amazon.com/search/Ambre%20Ciel%20the%20sun%2Cthe%20sky)