短編音楽小説#72 ミュージック/サカナクション
僕はかつて空を飛ぶように音楽を奏でることができた。若い魂には、自分自身の音を憧れの存在のように磨き上げる余地が残されていた。自分自身が紡ぐ言葉を何度も読み返し、かつて憧れた存在にどれだけ近づけたか、考える余地もあった。
歌は魂だった。もちろん言葉も。だから音楽を創るごとに、自分自身が思い描く最高の存在に近づくだろうということがわかっていた。そしてまだ多くの時間が残されていた。
ひとつひとつメロディを紡ぎ、そこに詩をあてはめていく。自分にはまだ表現したことのない世界があり、そして喜怒哀楽が複雑なパレットで色を描くように存在する。感情に従って言葉を詠めば、歌は自然に出来上がった。
ある時、素敵な女の子に出会った。素敵な女性にというべきだろうか。とにかく彼女は中間的だった。完全に子どもというわけでもなく、完全に大人というわけでもない。でも美しかった。
僕は何か話そうとした。そして心に触れることができればと思った。それには言葉を使う必要があった。でも僕は彼女の前では何も話すことができなかった。
彼女に何も話すことができなかった夜。僕は美しいメロディを思い浮かべた。そしてメロディこそ彼女に伝えるべき、僕の心だと思った。
歌。
でも詩が浮かばなかった。言葉は相手に伝わってしまう。
何か言葉をあてはめては、考えた。僕は恐れていた。自分を表現することが、怖かった。
思いは伝えるだけではだめだ。相手を揺り動かし、虜にしてしまわなければならない。
そして考えれば考えるほど、実際の自分と歌が離れてしまう。
歌い続けていると、書かれた言葉は自分自身から遠ざかる。そして眠れずに朝を迎えた。
自分は何も伝えられない。
そう思いながら、眠りについた。
その日みた夢の中では、自分を縛る壁は、もう存在しなかった。そして自然な言葉が生まれていた。
目覚めた時、夢の中で思い浮かべた詩を歌にした。
その歌が彼女に届くかどうかはわからない。でも、その歌はこれまでより、自分自身の言葉であるような気がした。