短編音楽小説#70 Lost Summer/LONGSTORYSHORT
夏に何かを失くしたみたいで、時間が経過することが怖い。秋になると、夏のことは永遠に忘れてしまうかもしれない。まるで最初から何もなかったみたいに。もう蝉が鳴いていたことも覚えていないし、僕自身が泣いていたことも覚えていない。夏の花火も今年はみることができなかったが、かき氷は食べた。そして一度、泳ぎに行った。
若かった頃、夏の暑さをそのまま生きているという気がした。
夏には田舎で、とうもろこしとスイカを一面の稲穂をみながら食べた。小学生の時だ。
夏にはサッカー部でグラウンドの隅から隅までダッシュをして、水道水を飲んだ。中学生の時だ。
夏にはなにもなくて、友だちとプールに行き、僕たちの夏には何もないということを理解しあって映画を観た。高校生の時だ。
夏には曲づくりのためにスタジオにこもって何か新しい音楽が生み出せないか、演奏をしてビールを飲んだ。大学生の時だ。
夏には夜中に海へ行って、服のまま海に飛び込んで泳いだ。20代の時だ。
夏には妻になる女性と一緒に海に行った。そして花火をみた。30代の時だ。
40代になると、夏には何かがあったような気がするけれど、もう覚えていない。真夏の日々はもう通り過ぎたみたいだ。
夏には何か特別なことが起こるような気がしていた。そして夏の空はいつも美しい。そしてもうあの夏には戻れない。