abejunichi@icloud.com

世界の果てとそのまた世界の果て

 シーンとはこの物語の登場人物であり、この世界で踊り続ける踊り子のことである。またシーンとは映画や小説の世界ではある場面のことを指し、音楽やファッションの世界では、ある流行のことをいう。

 小さな街では、知り合いの知り合いもまた知り合いということがあった。特に真夜中まで遊んでシャッターの閉じたビルの前で夜明けを待ち、電車が動き出す頃に駅のホームに集う顔ぶれはいつも同じだった。

 ある者は酒を飲み、ある者は音にのって踊り、ある者は恋人と一夜を過ごした。だとしても、その顔ぶれはみな友と呼んでよかった。その街にはそれを許す大人たちがいたし、多くの大人たちがそうして年を経ていった。いつからか真夜中は私たちの世界になっていたし、昼間に働く者もかつては私たちと同じような連中だったからだ。昼と夜も仕事と遊びもその境界は曖昧で、真夜中に若者が群れをなした。そういう時代だった。

 私の友人、シーンもそういうひとりにすぎなかった。夜の街のどこかで必ずすれ違い、誰か友だちの彼女だったり、夜ならふと挨拶を交わす程度の会話はあっても、昼の街では会わない。そういうひとりだ。彼女とはもう何年も会っていなかったから、夜中に鳴り響く携帯の着信音が私の眠りを妨げなければ、しばらくは彼女のことを忘れていたに違いない。

 それは彼女と私の共通の友人からの電話だった。今もその男はささやかにバーを経営している。もう10数年になるだろう。私とシーンは若い頃、マスターの店でよく何も飲まずに話し続けた。金がない私たちは彼の許しを得てそういうふうに時間をつぶした。おいしいジン・トニックの作り方も教わった。カウンター越しに女の子を口説いたこともある。マスターは外見も中身も気難しかったが、私たちには優しかった。あるいはシーンに優しかったと言ってもいいかもしれない。

「ちょっと店によれよ」
 電話の向こうで男の声が言った。懐かしい声だった。「シーンについて何か聞いていないか」

 電話を切ると雨の中をマスターの経営するバーまで向かった。彼の店は近所にあったが、ひとつの時代が終わったように、私は彼の店を訪れていなかった。

 夜の通り自体が久しぶりだ。肌を露出させた女性たちと黒服の男が闇夜に妖しく、カジュアルな若者のファッションも攻撃的にみえる。車のスピーカーのボリュームを最大にして叩き出される低音に街のざわめきが絡み、どこかのフロアではDJのブレイクに歓声があがる。踏みつけられた煙草と雨のにおい。太陽の光は時に流され、泥となって地下深くへ染み込んでしまったようだ。まもなく終電の時刻。もう街は朝まで夜を楽しむ者だけの世界だ。

 入り口へ降りる階段も昔のままだった。
「変わらないね」
 そう私は言った。店内に入ると天井には換気のためのプロペラがゆっくりと回転していた。ジンやテキーラといったカクテルがカウンターの向こうに並び、相変わらず古いソウル・ミュージックが流れている。

「変えることは簡単さ。何も変えないよりは」
 彼はそう言うと手際よくカクテルを作った。本当にここだけが何も変わっていない。

 よく真夜中を過ぎれば心地よい沈黙が欲しくなった。彼の店はこの辺りでそういう雰囲気を味わうには良い店だった。ソウル・ミュージックが官能的に闇夜を照らし、暗闇と音楽による犯罪の計画を練るように私たちは小声を交わした。だからこそシーンと私は彼の店を訪れた。

 敬愛するソウル・シンガーのことを除けば、彼は口が重い男だった。それ以外の話を聞くことは困難だった。黙って人の話を聞き続けることが自分の仕事だと思うタイプなのだ。しかし、シーンだけが彼のその重い口を開かせた。彼女には誰もがその心を開いてしまう。そういう女性だった。

 彼女は時々この店にひとりでやってきては、よく知り合いをつかまえて酒を飲んだ。私も気が向けばこの店でアルコールを飲んだ。だから顔を合わせた時に、どちらかがひとりだと、自然にもうひとりの仲間と一緒に酒を飲むことになった。そして街に知り合いが増えていった。それはそれで悪くなかった。過ぎる時に孤独を感じず過ごす。それが優先順位の第一だったからだ。そして一日の終わりに彼女のような女性に会えれば気分は良かった。きっと彼女が私のこの時のはじまりで、きっと彼女とともにこの時も終わる。そう感じていた。

 いつだったろう? やがて私は夜の街を離れた。だからといってすぐに大人になれたとは思わなかった。シーンの言葉やしぐさ、夏の夜のにおいや、そんな全てはそう簡単に消えたりしなかった。黙々と仕事をし続ける男。そういう人生を生きるまでにはまだしばらく時間がかかるだろうし、たとえ今がそう見えたとしても心の内は様々だ。けれどこう確信していた。シーンに会えたから、私は必ず良い人間になれるし、いつか必ず夜の闇が何であるかを伝えることができるだろう。陽のある所に必ず闇はできるし、多くの若い魂はその闇をくぐり抜けて成熟するのだと。

 その夜は、私たちの間にシーンという女性がどれだけ強く存在していたのかを思い出させた。まるで時が音楽とともに戻ってきたようだった。そして、それはそれだけ私が彼女のことを忘れようとしていたということでもあった。なぜなら、私も決して彼女を簡単に忘れることができるような男ではなかったからだ。

 なぜ音楽を聴くのか。かつてシーンに尋ねたことがある。確か最初に彼女と話した時のことだ。誰も誰かの完璧にはなれないから。そう彼女は笑いながら答えた。けれど私にはいつも彼女の笑顔が完璧に思えた。彼女に会えなくなった今は、以前より強くそう思う。

 シーンが私の前からいなくなった時、私は彼女の姿をあてどなく探し歩いた。幾つものメイン・ストリートとその間に狭しと張り巡らされた路地を。ビルとビルの谷間を。闇と夜の隙間を。出会う女性たちの影に彼女の姿をかさね、何度も声をかけ、そしてそれが人違いだとわかるとまた夜を彷徨った。シーン、久しぶりだな。会ってそう彼女に言おうと思った。しかし同じような雰囲気の女性はいても、彼女たちは彼女たちで決して他の誰でもなかった。シーンが最後までシーンであり続けたように。

 私たちの多くは本当には新しい何かを生み出すことができない。誰か友だちのひとりが何かとても面白く新しいことを考えだしたりするようなことがあっても、それは遠い昔に別の場所で誰かが既に考えだしたことだったりする。そして大抵の場合、ずっと後にしかそれは知らされることはない。特にひどい場合は、その考えが一度ほかの誰かによって検討され、その結果、既に誰かに見捨てられたようなものであるような時だ。私たちは街の外へ出ず、そしてだからこそ真実に気づくことができなかった。

 しかしその街は小さいとはいえ、あらゆるものが揃っていたし、私たちはみなこの街で生まれ、そしていつかこの街で死ぬことを望んだ。さだめに従わせられてそう考えているのではない。街にとどまることも去ることも自由だ。それでもこの街を出る必要性も欲望もない。だから、街を訪れる旅人に惹かれ、そして時には恋をした。

 もし、異国生まれのバーのマスターが流すようなソウル・ミュージックが、別の言葉で歌われたものなのに私たちの心を震わせたとしても、それを私たちはすぐに私たち自身の詩として口ずさむことができた。そのように私たちは外の世界の様々な物事を私たち自身の血肉とした。だから街は古びることなく、いつまでも私たちとともにあった。
 しかしシーンのように、どこからかあらわれやがてまた何か新しい世界を私たちに伝え、そして去ってゆく人々もいた。彼らの人生は私たちの街では古い詩にこう歌われている。

“彼は旅を続ける

何に満たされることもなく

彼には満たされると死が訪れ

されど満たされるまで旅を続ける

世界の果てのそのまた世界の果てまで”

 はるか昔、どこか遠い国から波とともにこの街に辿り着いた詩だ。私は繰り返しこの詩を聴き続けた。すると、シーンがいつのまにか私の傍にいた。

 シーンはある時、私をホテルのスイート・ルームに誘い、その闇の中で選択を迫った。答えはイエスかノーのどちらかで答えなければならなかった。選択というものには中間はなかった。

 彼女はダブル・ベッドの脇に腰掛けながら言った。
「私たちの仲間になれる? あるいはなれない?」
 その声はただ返事だけを待っていた。

 その時の私は「イエス」と言った。私は彼女の友人になりたいと考えていたし、先のことは何も考えたくなかった。人生には考えることなしにすべてを差し出して踏み出さなければならない時がある。もちろん、そうシーンに返事をしたからといって、すぐに私の人生の何かが根底から変わったわけではない。ただ彼女と少し親しくなれただけだ。けれど私にはそれだけで充分だった。

 よく私たちは踊りにいった。踊ることは夜に孤独でなくなる最良の方法のひとつだった。そんな時にはバーで軽く酒を飲みながら仲間を待ち、ある程度の人数が揃うとクラブへ向かった。踊りに集まる連中には知り合いも多かったが、それでも他の街からやってきた男がいるとシーンが必ずその男に近づいた。私はひとり。あなたは? 音楽にあわせて踊る彼女はそう言って男を誘っているようだった。

 そういえば、彼女を最初にみたのもクラブだった。入り口を抜けると薄暗いフロアに集う大勢の熱狂が私を捉えた。何かとてもスリリングなことが行われている。そういう実感がした。最初に煙草を吸った時のようにそれは刺激的だった。そのクラブでは季節がいつであれフロアに汗が飛び散り、DJが客を煽るだけ煽った。ゆったりとしたリズムではじまったそのDJのプレイは徐々に高まりをみせ、絶頂期にはまばらに動いていた人々がひとつのうねりのようになってフロアを揺らせた。そして、その中心に彼女がいた。

 私はシーンをみつめた。私たちの誰もがシーンに見惚れ、やがて彼女と視線を交錯させた。闇の中のダンス。それはまるで音楽そのもののように私たちを引き寄せた。そして私たちはその肌に触れる為に彼女の耳元へ顔を近づけた。

「名前は?」
 クラブで踊りながら私はそう彼女に言った。

「何でも好きな名前で呼んで」

 彼女はそっけなくそう言った。

 そして私は彼女をシーンと呼ぶことにした。だから、ここでは私は私であり、シーンはどこまでいってもシーンだ。もちろん本当の名前は別にある。

 私は踊りながら彼女に話しかけ続けた。ストロボ・ライトの下で最初のセリフを発し、多くの人々が抱き合い踊る中でその名前を呼んだ。ある時にはそれは歓喜の叫びとなりさえした。その空間の大音量にかき消されて、外でなら囁きあうような照れくさい言葉も、大声で伝え合うことができた。そして、私の彼女への思いはそのままターンテーブルから流れるメロディとして響き続けた。

 雨の中をどこまでも続く道。その山頂にいる彼女を探し求めるように私は彼女の名を呼んだ。しかし、私たちが声を発すると彼女はするりと笑顔でそれをかわした。後には音と熱狂が入り交じった実感だけがその場に残った。

 だから、シーンと寝ることができたことは幸運だったと思う。夜に踊る幻想的な彼女と、普段のまだ何かが定まっていない若い女性としての彼女。そのどちらのシーンも知ることがなければ、私はただ彼女をみることもできずに、魅せられ続けていただけだっただろうから。

 あの頃、シーンが誰か知らない男をバーに連れてくるたびにショックを受けた。馴染みの仲間以外の男を連れてくる時は、たいてい何かがある場合だったからだ。彼女が連れてくる男には幾つかの基準があり、収入の良し悪しはとうぜんその条件のひとつだった。彼女がその基準だけで男を選んだ場合、私は負けを認めようと考えていた。彼女にふつうの幸せを容易に与えることができる男には逆立ちしても敵わない。私にできることは、その男が遊びでシーンに近づいたかどうかを見極めることだけだった。それが彼女に対して私が定めたルールだった。だからもし、彼女のそういう恋が成就したなら、私も彼女の幸福をタキシードでも着て祝っただろう。しかしそういう男は現れなかった。逆に彼女の条件に関係なく彼女が男を連れてきた時には嫌な気分になった。そしてそういう時の彼女は自然にわかった。いつもは冷静なシーンがただの女になっていたからだ。

 ある年の春、サーファーと恋に落ちたシーンは、高価なウエットスーツとサーフボードを買い、週末ごとに男と海岸に出かけ、バーにしばらく顔を出さなくなった。夜中に出発しないと良い波を捉まえることができないの。そう言って店に来なくなった。私も誘われたが、断った。好きな女性とその男の遊びに誰が付き合うものか。そう思った。

 シーンのいない時期、私は私で、バーカウンターの向こう側に潜り込んで店内にノリの良いラテン・ミュージックを流した。マスターは好きなソウルが聴けなくて残念そうだったが、そういうふうに私の不幸をおすそわけした。私は来る連中に陽気にシェーカーを振り、春先に海に行く馬鹿たちの愚痴をこぼし、夏の陽光の中でやがて出会う女性について語った。海は夏に行くものだ。話の間中、私は何度もそう力説したが、仲間たちはそんな私の不幸をおもしろがるだけだった。

 シーンの恋愛の短所は、関係が長続きしないことだった。平均してひとつの恋が数ヶ月ともった試しがない。いつもひとつの恋愛が終わると、恋の顛末を酒を飲みながら話した。だからこの時も夏が来る前にサーファーの愚痴を聞くことになった。

 波に乗ることに惚れたのか、彼に惚れたのか。そう言った夜に、彼女は酔った勢いで買ったばかりのサーフボードを私にプレゼントした。もう波にも男にも乗るものか。そうこの時の彼女は結論づけた。しかしながら彼女はしばらくするとまた別の男を連れてバーにあらわれた。サーファーとのことは彼女の記憶から抹消され、もうその男のことを聞いてもどんな返事も帰ってこなかった。シーンは人のことはいつまでも覚えているが、自分のことはすぐに忘れる、よくできた頭の持ち主だった。だからきっとそのサーファーが存在した証は、今も私の家のベランダに残されている彼女のサーフボードだけだろう。

 夜集う人々に共通することだが、私たちは孤独に弱い。悪ぶったり、ハメをはずしたりするのに夜は都合がよいが、根源的に人は夜、孤独を感じるのだと思う。たとえば、シーンは男を次々に変えたが、それを楽しんでいたわけではない。彼女の孤独を埋め続けることができる男がいなかっただけなのだと思う。

 シーンは今でもあらゆる記憶の中にいる。たとえばその小さな街の中央を流れる河。その河辺には日が落ちると恋人たちの影が並んでいた。隠れるように私とシーンはその場所ではじめてくちづけをした。肩を抱き寄せただけで、身体は脆く壊れてしまいそうなほど細かった。私たちは唇をかさねたまま声にならない声をもらし、その影をひとつにした。シーンの吐息が私の頬や耳の傍にかかるごとに、私は彼女への思いを強くした。そしてシーンのひとつひとつのしぐさや言葉が私の心をどのようにも突き動かした。私は彼女の心のうちに入りこもうとして、逆に彼女にすべてを奪われているという気がしていた。

 しなければならないことがあるのにそういう気になれない時にはよく本を読んだ。何かの言葉から人生に対するヒントのようなものを得ることができないかと思ったからだ。もちろん、そんな言葉の中には人生を変えるような出会いもあった。そしてそういう言葉は深く心に残った。
 しかしそういった言葉がいつも自分の味方であったとは今は思えない。なぜなら私はその言葉をどのようにも解釈することができたからだ。私の中で言葉そのものの本来の意味は薄れ、私は何かを得ようとしていたのに言葉の意味を掴めずにいた。しかしそれは今思えば仕方がないことだったのかもしれない。何かを理解することと私の実際の人生は不可分で、世界を知ることによってしか言葉の本当の意味を掴むことはできなかったからだ。もちろん書物から何かを学ぶことは多かった。しかし知ることと得ることが違うように、言葉を自分のものとするには長い歳月を必要とした。

 言葉たちは節々から私にこう語りかけているようだった。目を大きく開けよ。そう感じる度に私はこれ以上ないというほど目を大きく開けようと試みた。しかし何も起こらなかった。時として言葉はその意味を変える。

 そういえばシーンもよくその言葉を口にした。目を大きく開けて私を見て。そう繰り返した。けれど彼女をそのままみることはできなかった。たとえば今、目を閉じればその裏側に思い浮かべることができるシーンは幻惑的で、そのぶんだけ私の心を引き寄せた。彼女は私の心の中にいて、その場所から何度も語りかけてくれているようだった。しかしその心の外側にいる彼女は彼女といっても彼女とはいえなかった。

「何を考えているの」

 よく彼女は私の傍でそう言った。何か気の利いた返事ができればよかったと思う。しかし私はシーンをみようと思えば思うほど、彼女自身を見つめることができなかった。

 たとえば彼女のその髪型。ある日、彼女は髪を切り、ヘア・スタイルを大胆に変えて私の前に現れた。けれど、私がそのことに気づくことができたのは、彼女自身の言葉によってだった。私はあわてて、彼女のことを褒めようとしたが叶わなかった。その夜は彼女は少しむくれて終電前の電車にのって家へと帰った。私は後悔しながら、バーでアルコールを飲むとそのまま少し眠った。人生にはしっかりと相手の呼吸を感じ、相手を見つめなければならない時がある。

 世界をひとつの大きなフロアだと考えてみる。シーンはある時にそう言った。そのフロアでは音楽は世界を掌る因果そのものであり、私たちは時の流れにそって踊るように生きている。あるいは生かされている。好況の波の次に不況の波が訪れ、時のうねりに私たちは独楽のように回される。まるで私たちは風の中の塵に同じだ。けれど塵にも意思があるように、私たちはその中で踊り続けなければならない。そしてシーンのような特別な存在が心になければ、私は私でいられただろうか? 私はその定まっていないことだけが無限の可能性だったのだから。

 バーには無名の写真家の写真がいくつも飾られていたが、なかでもカウンター正面の夏の浜辺の写真のことはよく覚えていた。今はもう色あせた古い写真だ。夏の海の広がりがうまく表現された写真だった。だからあの頃、季節が違っても、仲間うちの誰かの視線がその写真にいけば、今年の夏には、という話がはじまった。少し先の未来のことは私たちが好んで話す話題だったからだ。誰もが夏を想い、酔って今を忘れた。だからこそ、夏には何組もの彼氏と彼女が誕生した。そうでなければ夏にいったい何の意味があっただろう? 私は久しぶりにその写真を見ながら酒を飲み、やがて来る今年の夏とかつてのシーンについて考えた。

 そういう時に、私はいつもいつか訪れる彼女の部屋を思い描いていた。その部屋では透けるような肌のせいで、彼女を捉えようと手をのばしてもその身体に実体はなく、その手は空を掴むだけだった。

 その夜、下着が散乱したベッドの上に彼女は何も言わずに俯せに倒れ込んだ。そうとう酒を飲んでいたのだろう。
 酒に酔った女を送るものではない。そういう誰かのアドバイスを聞いたことがあった。しかしことのなりゆきだった。

「ひとりで安らかに死なせて」

 そう言うと、彼女はそのまま物音をたてずに寝てしまったようだ。ぴくりとも動かなくなった。だから私はしばらく彼女の様子をみた後で、大丈夫だということを確認すると、自分の酔いをさます為に、洗面台があるバスルームを探した。

 二、三度冷水で顔を洗うと、鏡に向かって私はこう思った。こんなチャンスはめったにない。けれど、酔った女を襲う男は最低だ。そう問いかけた。しかしどれだけ見つめても、鏡の向こうにいる自分はどこまでも自分だった。

 どれくらい時が過ぎただろう。私はそのまま動けなくなっていた。たとえ頭の中に実際には悪魔や天使がいないにせよ、それでも私にも葛藤はあるし、何をすることが正しくて間違っているのかなんて今でもわからない。アルコールに酔っていたせいもあったと思う。しかし、彼女の部屋が何より私を酔わせていた。

「来る頃には死んじゃってるわよ」
 しばらくすると、シーンはそう言った。あるいはそういう声が聞こえた気がした。だから、私は彼女が寝ているのか、起きているのか確かめようと俯せに寝ている彼女の目をみた。彼女は目を閉じていたが、じっと何かを待っているようだった。だから私は彼女のまぶたにそっとキスをしてみた。すると、彼女はしてやったり、という笑顔を浮かべた。ずっと寝たふりをしていたのだ。

「灯りを全部消して」

 彼女はそう言うと、私の服を脱がし、そして私は彼女の服を脱がした。キャミソールとジーンズが床に転がり、私たちは裸になって抱き合った。彼女の乳房は小ぶりで弾力があり、私はそのやわらかさを直接感じながら、彼女の唇や首筋にキスをした。彼女の身体はひんやりと体温がなく、私は自分の体温で彼女を暖めるように何度も彼女を強く抱いた。やがて身体に私の熱が移ったように、私たちは汗にまみれた。

 しかし、彼女の傍にいるべき存在は私ではなく、ひょっとすると別の誰かだったのかもしれない。彼女を強く抱きしめるたびに、そういう気がした。だから彼女を抱いた後で、彼女のその頬が濡れていたとしてもあまり疑問を感じなかった。ただ哀しくなっただけだ。

「涙は正常な現象よ」

 彼女はそう言うと少し笑って、その後で耐えられなくなったのか顔を手で覆った。ほんのしばらくのことだった。しかし私は思う。もし今、目の前にシーンがいて、彼女が同じように泣いたなら、私はどうすればいいのだろう。その答えは今もわからない。

 朝になる前にシーンは私を起こすと、コーヒーを飲みに行こうといって、私を部屋から連れ出した。まだ時刻は始発の少し前だったから、近くのコーヒーショップがこのあたりでは開いているだけだった。私たちはそのコーヒーショップでドーナツをひとつ注文し、半分ずつ食べながら話をした。

「こういうことになったけれど」
 そうシーンは切り出した。「私はあなたの女にはなれないし、もし私が本当にそれを望んでもそうなれない」
 彼女が言った言葉は一字一句その通りだった。私は口についたドーナツの砂糖をぬぐうと、コーヒーを胃に流し込んだ。カフェインが胃に吸収され、私は昨夜のアルコールからはやく解放されることを願っていた。

「なぜ?」

 私が言えたことはそれくらいだった。

「どうしても」

 彼女が言ったこともそれくらいだった。

 けれど、私たちは仲間たちに隠れて、月に一度、二度はこうして彼女の部屋で抱き合うことになった。ある場合には彼女は酔ったふりをして私に家まで自分を送らせ、そして部屋につくと私を求めた。私はその度に彼女の求めに応えたが、それでも私たちは彼氏と彼女にはなれなかった。セックスはお互いの求める部分だったが、シーンを抱いている時、必ず彼女は私ではなく、もう少し別の何かを探し求めていた。それは身体の繋がりからも伝わった。

 いつも彼女のことが胸に残った。彼女の身体は抱くことができる。しかし心はいつまでも彼女だけのものだ。そう何度も思った。

 シーンは夜と夜が繰り返される間にこう尋ねた。

「世界の果てに何があると思う?」
 私は黙っていた。全ての人にその人にとっての正しい場所が存在する。私はそう考える。だから私は私の街を私の正しい場所であるといつも思って生きてきた。しかし、シーンは違った。彼女にとって何かひとつの、誰かひとりの正しさというものはなかった。そしてだからこそ彼女はいつも孤独でいつも誰かを必要としたのだと思う。

 恋愛にはタイミングが大切だ。早すぎても、そして遅すぎてもそれは無意味なものになる。

 シーンの誕生日が近づくと彼女へのプレゼントに私は頭を悩ませることになった。シーンくらいの女性になると、だいたいのものはいつかもらったことがあったり、あるいはそれが特別に高価なものだったりすると、ただ気をつかわせることになりかねなかったからだ。だから私は夏の浜辺の写真をみて仲間たちと話す少し先の未来のことのように、彼女に指輪を贈った。
 きっと何かが違えば私たちの結末は変わっていたのかもしれない。記憶はローマの真実の口の逸話のように、時とともに薄れゆく。

 ある夜に仲間の結婚式が夜中に行われた。だから普段はみることができないシーンのドレス姿をみることができた。彼女は普段はラフな格好だったから、ギャップは新鮮だった。シックなドレスに身を包み、髪をアップにしたシーン。彼女はひと際美しかった。

 仲間たちもいつものスタイルからスーツ姿へと変貌した。場所が教会でなかったなら、きっとどこか上流階級の子息のパーティと間違えてもおかしくはなかった。

 仲間のひとりは、白のスーツで新郎の役目を果たし、新婦はそのとなりで幸せそうに笑った。
 新婦は仕事でウエディングドレスを着るモデルだったから、着慣れたドレスだったに違いない。彼女の仲間内ではウエディングドレスを婚前に着るようなことがあると婚期が遅くなるというジンクスがあった。しかしそんな心配は無用だったようだ。

 そんなふうに私たちの誰かがついた嘘が、私たち以外の誰かによって裁かれるとしても、私たちは日々、嘘を話続けるだろう。私たちの誰もが真実しか話さなくなったとしたら、私たちの多くはたちまち退屈で死んでしまうだろうから。
 とにかく彼女の友人には色んなモデルが多かった。だから式が始まるまではみんな浮ついたかんじだった。けれど式がはじまるとやはりそれは正式な式となった。

 その間中、厳粛に私たちの誰もが何より彼と彼女への幸せを心に抱いた。しかしその厳粛さは、誓いのキスが終わるまでしかもたなかったことも私たちらしい。最後にはそれはいつものパーティと変わらなくなった。式の神父までもが仲間のひとりだったのだから、それも仕方ないというものだ。

 シーンと深夜に映画を観に行った時のことだ。話題の俳優が出ていて彼女が観たいというから、私は真夜中に映画を観にいった。

 秋頃に観た映画。それは恋愛コメディだった。男ふたりと女ふたりが主な登場人物で、女ふたりのどちらもが主役の男に惚れていて、もうひとりの男は好きな女の恋を何故か応援しなければならないという状況に陥っていた。

 シーンは映画を観ながら言った。

「なぜ、昔思っていたように、男と女は一対になれないのだろう」

 私はフライドポテトを食べながら言った。

「でもきっとこの映画もハッピーエンドに終わるはずだよ。彼にも幸せが訪れるはずさ」

「なぜ?」と彼女は言った。

「そうしないと、誰も映画をみなくなる」

 そういうと、彼女は考えこんだ。

「現実が哀しいことばかりだから?」

 確かに現実には哀しいこともある。私も何か哀しいことがあると今も映画を観る。アン・ハッピーエンドな映画とハッピーエンドな映画のどちらも観るし、そのふたつにわけることができない映画もみる。そしてこれはまるで私のことだと思えるような映画を観た時には、とても親しい友を見つけた時のように嬉しかった。

 シーンと映画を観に行くと、すぐにこの映画が彼女の好みかどうかがわかった。退屈しているようだと、映画館の暗闇の中でも構わずに話しかけてくるし、気に入るとくいいるように画面をみて、こちらが何を語りかけても何の返事もなかった。映画のエンド・クレジットが終わっても、彼女が席を立たず、号泣し続けていたこともある。何というタイトルの映画だったかはもう覚えていない。私はそれほど優れた映画だとは思わなかったし、それほど感動したわけでもなかった。けれどそんな彼女をそっとしておいた。きっと私にはわからない何かが彼女の心の琴線に触れ、そしてだからこそ彼女は我を忘れて泣き続けたのだろう。

 彼女は思いっきり泣いた後には、もうすっかりそのことを忘れ、そして映画に出ていた俳優のゴシップや、最近話題になったニュースのことなどを話しながら、カフェで酒を飲んだ。

 深夜に映画がやっていない時には、年代物のグランドピアノが置いてあるレストラン・バーに出かけた。シーンはその店の店長と顔なじみだったから、頼みこんで時々真夜中にピアノを演奏させてもらっていた。

 シーンのピアノの腕前がどれほどのものかは私にはわからなかった。客たちが帰った後の店の中には誰もいなかったから彼女は好き勝手にピアノを演奏し続けた。その曲はどれも聴いたことがない曲だった。

「子どもの頃に仕込まれたのよ」と、シーンはそう私に話したが、それはどう考えても正統的なピアノの演奏ではなかった。

 右手と左手を自由に使ってピアノを弾くことができればそれだけで凄いと私は思う。ピアノのことはその程度の知識しかない。だから実際のシーンの腕前がどの程度だったのか計ることはできない。けれど、彼女の演奏は子どものように無邪気で、そして何より奏でられる一音一音の響きに優しさがあった。きっと彼女が子どもの頃に根気よく真面目に練習していたなら、一流のピアニストになることもできたかもしれない。ふとそう思った。

 そういえば、子どもの頃に私たちは様々なことを学ぶ。もちろん今でも。しかし子どもの頃と比べると色んなことが違う。たとえばその吸収力。たとえばひとつのことに対する熱意。そして情熱。

 もし今までに、何かひとつのことを続けることができていたならと私は思う。若さというものの本当の価値は失われてからしか気づくことができない。けれど、彼女のピアノを聴いていると、ひょっとするとそんな時の流れはどうでもいいことなのかもしれないとさえ思えた。いずれにせよ年とともに今の私があるのだ。

 シーンのピアノは何かの慰めのように響いた。彼女はどんなルールも文法も気にせず、技巧すら無視して、それでも私の心に届く演奏を続けた。もちろん、そこにはシーンなりの魔法があったのだろう。

 夜になっても街に出ない日はよく近所の河原を歩いた。そして夕日が沈んだ後の涼しい風を浴びた。上流から海へ流れる水の流れは、平らな地平がわずかに傾いているのか、いつも一定の方向に流れ、その先がどこか遠くの同じような街に繋がっていることを私に教えてくれた。対岸は遠く陽が陰った後ではもやにつつまれていたが、何人かが夕涼みにきているようだった。少し離れた場所では、学校帰りなのだろう、制服を着た学生が花火をしていた。もうすぐ夏が終わろうとしていた。シーンにもたぶんこんな季節があったのだろう。そう思いながら男子生徒に交じって笑う少女を眺めた。少女は、火をわけてもらうと、自分の持つ花火に華をさかせてそれを眺めた。子どもたちがする花火はささやかなものだったが、その光の数よりももっと無数の未来が彼や彼女たちにはあった。

 かつて過ごしていた世界と現在との違いについて。それは時の階段をのぼり、その歩みを振り返る度ごとに違ってみえる。シーンとともにいた頃はシーンの過去について思いをめぐらせたし、彼女がいなくなった今では、それは戻ることのない過去として私の中に存在する。時はすべての人に等しく降り注ぐ雨のように流れ、そのしずくのひとつひとつはこの平らな地平のどちらかが傾いているせいで、やがてひとつの大きな河となり、海へと注がれる。

 全て海へと繋がっているのだ。

 かつて私たちは無名の写真家が撮った夏の浜辺の写真を眺めては、少し先の未来のことを話した。今、私はその色あせた写真を眺めながら、その海が出来上がるまでに降り注いだ雨について考え続けている。静かに音もなく新しい恵みを海へともたらせ続ける雨。その音だけがどこからか聞こえるような夜だった。

 シーンとみた夜の海。かつて話した少し先の未来が私たちに訪れた時、私たちは仲間の誰かの車に乗って、梅雨が通り過ぎた後の海へと走り出した。車中でビールを飲み交わし、高速をメーターが振り切れるぐらいにスピードを出して海へ向かった。その夜には言えなかったが、シーンはいつもにもまして綺麗だったし、仲間たちははしゃぎにはしゃいだ。

「海についたら、夜中でも向こう岸まで泳いでみせるよ」

 そう仲間の誰かが言うと、

「俺はいちゃついている男と女に花火をぶつけるね」

と言った。

 私たちはコンビニエンスストアでビールを補充すると、ラジカセにファンキーな音楽を詰め込み、海辺で踊った。たちまち浜辺には幾つもの空き缶が並んだ。私たちは車のエンジンにガソリンをいれるように、ビールを飲み続けた。火をつけられた花火は、次々と宙を舞い、夜空を彩った。そして火薬とアルコールの匂いがあたりにはたちこめた。

 服を着たまま夜の海に私たちは浮かび、女たちも男たちに負けずに海へと飛び込んだ。数時間の時が過ぎ、ラジカセの電池が切れて音楽が消えても、月の光と波の音の間に私たちは浮かび続けた。時のたまりが作り出した海が私たちを優しく満たした。

 私がその濡れた服のままシーンのとなりに座ると、彼女がビールをくれた。

「もう、砂がまじっちゃっているけれど」
 シーンが言った。

「構うものか」そう私は言った。

 シーンと私のことは仲間たちには秘密だった。どちらからというわけでもなく、そういうことにしておいた。秘密は多い方が楽しい。それがシーンの持論だったし、私は本当にシーンをものにできたわけではないのだからと、そう思っていた。

「恋愛の行き着く先に何があるか知ってる?」
 そうシーンが尋ねた。

 私は少し考えてみたが、その先に何があるのか答えることができなかった。答えは本当に単純で、誰でも知っている言葉だったのに、その時はその言葉を思い浮かべることができなかった。

「わからない」

 そう私が答えると、シーンは「だろうね」と言った。

 そしてシーンは昔話を語るように話をはじめた。そういう時にシーンはいつもこういう口調になった。

「昔の話だけれど男と女は一対には決してなれなかったの。力の持つ男が何人もの女を手に入れるし、力を持つ女にも何人もの男が必要だったから。私たちも気づいたらそういうふうに生きているね」

「不思議じゃないさ」そう私は言った。「全ての地は平らじゃない。だから河は流れるんだ」

 全ての地は平らではない。だから河は流れる。そう私は心の中で繰り返した。

「爆弾が雨のように降り注ぎ、全ての山と河を焼きつくしても、この地は平らにならない」
 そう私は言った。

「じゃ、私たちがしていることは何だろう?」

 私は「その答えを探しているのさ」と言った。夏の日々はすべからくそのように過ぎていった。

 シーンはその夜、浜辺に指輪を落とした。大切なものであることは彼女の狼狽ぶりからわかった。彼女は浜辺じゅうを這ってかきわけた。夜の砂浜で小さなひとつの指輪を探す行為は、名もない山で金脈を探し当てることに等しい。けれど、彼女は指輪を探すことを諦めず、私たちの熱心な何人かはそれを手伝った。やがて私の爪の中まで砂が入りこんだが、彼女がなぜそんな指輪を大切にしているのかと思うと、見つけだしてその理由を聞き出そうと思った。朝の光が世界を暖めはじめ、海と空との境界がぼんやりとわかるころになると、シーンはありがとう、とだけ言って、指輪を探すことを諦めた。それでもその指輪は彼女にとって大切な何かだったのだろう。来る時に比べて、帰り道は彼女が気落ちしていたので、私たちはみな眠ったように静かに高速を走った。

シーンの場合、年齢を聞くことは恥をかかせることではなかった。たとえ彼女が本当の年を答えたとしても、誰もそれを信じなかったからだ。ある者は彼女を若いというし、ある者は彼女を大人だという。多くの人々の答えはまちまちで、定まらず、やがて彼女もそれを楽しむようになった。

「だってわからないならわからないままのほうが都合がいいもの」

 そう彼女が言うと、私はどんなふうに? と聞いた。そういう私が持った疑問のいくつかは、いつも宙に放置されることになった。男と女の間には知らなくていいことがいつも存在する。そうでなくても彼女について聞いてはならないことは沢山あったように思う。そして彼女は自分のことをあまり話さず、聞かれたことのほとんどをはぐらかした。たとえば彼女の仕事のこと。彼女にそれを聞いた時、彼女はこう言った。

「あぶない商売をしているなら、こんなふうに夜に遊んだりしない」

 確かに、そういうものかもしれない。

 けれど、私には昼間に働いている彼女を想像することができなかった。ひょっとするとあるいは彼女は学生だったのかもしれない。今となってはもうわからない。もし彼女が学生だったとしても、私と彼女の精神年齢には差がありすぎるように思えた。それが私をいつも悔しがらせた。

 けれど今になって思う。彼女は確かに精神的に私より成熟していた。しかし、大人だったわけではない。彼女はきっと何かから逃げていて、そしてそのまま逃げ去ることを考えていたに違いない。彼女が逃げ出そうとした多くのことは今ではよくわかる。

「世界の果てとそのまた果てまでよ」

 シーンがパスポートをとった日、彼女は目的地をそう決めた。

「北極と南極じゃ寒すぎるよ」

 そう言って私が笑うと、彼女はもののたとえだと言った。しかし、シーンはやはり舞い上がっていたといっていい。ただの旅行だとはいえ、彼女にとって初めての海外だったからだ。

「世界の果てまで行ってどうする?」

 私はそう聞いた。天動説がまだ信じられている世界。その真っ平らな水平線の端の断崖が作り出す滝壺に巻き込まれそうになっている彼女を私は想像した。そしてその滝壺の底には何もない。虚無がただ広がっているだけなのだ。しかし彼女は平気な顔をして言った。

「目的地についたら、夜になるまで待って、そして踊りにいく。いつものように」

 その言葉を聞くと、まるで今という時がいつまでも続き、その果てはなく、私たちは、いつまでも年をとらず、私たちのままでいられるような気がした。そして彼女は私がそう考えていると首を振った。

「嘘よ。もちろん。英語でも覚えるわよ」

 私は「日本語もまともにしゃべれないのに」と言った。

 彼女も「日本語もまともにしゃべれないのに」と言って笑った。

 結局、彼女のパスポートが使われることはなかった。彼女を海外旅行に誘い出した男が、仕事の用事で急なキャンセルを彼女に伝えたからだ。彼女は残念そうだったが、それでよかったと思う。なぜなら、彼女は本当にそのままどこへでも行ってしまいそうなあやうさがあったからだ。彼女のことをしっかりと捉まえなければならない。そう私は思った。

 この小さな街には遠い街へでかけて帰ってきたときに、何か目印のようなものがあればいいと思う。パリのエッフェル塔のように。けれど、実際にはそんな建築物などなくても、その遠ざかった距離のぶんだけ、帰ってきたときの実感は、街の至る所から感じられる。

「もし生まれ変わることができるなら」
 そう彼女は話し始めた。「このターンテーブルの上で回転するレコードのように、その中に刻まれた音色のように、そして誰かにいつまでも繰り返し繰り返し聴かれ続けるレコードのように私はなりたい」
 そうシーンは言った。

 彼女が望んだように私は音楽を聴き続けた。そしてその美しい音色や絡み合ったリズムに揺られ続けた。時には音楽を通じて友をつくり、その絆を不変のものだと信じた。けれど私は記憶喪失の病に侵されたように、今ではそのひとつひとつをそのままに思い出すことができなくなっていた。

 彼女のことについてもそうだ。いや、ひょっとすると仲間たちの誰のこともそうなのかもしれない。音楽の再生ボタンをもう一度押すように時は帰ってこない。

 たとえば今、目の前にいる久しぶりにあったバーのマスターもやはり年をとった。その皺の数よりもはるかに多くのカクテルを作り、幾日も続く会話の世界に身を投じ続けたせいだ。

 私が変わったかどうか彼に聞くことはたやすい。けれど誰が他の誰かを本当に理解することができるだろう。不変のように変わらない心がもしあるなら、それこそいつかシーンが無くし、探し求めた指輪なのだ。

 バーのマスターは言う。いつもの挨拶のように。何かを変えることよりも何も変えないことのほうが難しいと。そして形あるものはいつか壊れるのだ。だから私は形のない魂を求め続けているのかもしれない。古いラジオから流れるポップスや、誰かが語った物語や、その会話のひと言や、交わした愛を。けれどその歌が描く世界は時がすぎゆくだけまぶしく私たちの眼に映る。そしてそれがとても大事なひと時であるように、今も私は思うのだ。

 シーンとの別れは突然だった。それは映画で描かれているように、あるいは小説の一行のように訪れた。または仲間たちと聴いた音楽や流行した服が廃れていったように。

 彼女は彼女が本来必要とされている場所へ舞い戻った。たとえば、あの頃の私には彼女が必要だった。夜の街の片隅で、その暗がりで、彼女に出会わなければ私は孤独なままで、そのままどこへいくこともできなかっただろう。

 朝がきてマスターが店を閉め、鍵を預けられたこの場所で、私たちは音楽を背景に踊った。その時、彼女はしっかりと私の腕の中にいた。私の闇の中心にシーンは存在し、瞼を閉じれば、その闇の中に彼女の裸体の線が夢のようにあらわれた。素晴らしい女性だ。通りを歩いて連れに簡単に声をかけるのとは違う、夜の夢の女。そんな彼女とともに私は踊り続けた。

 シーンは言う。

「私はあなたと出会いそして別れたその後も、また他の男とダンスを踊り続ける。彼や彼女はかつての私たちのように踊りはじめるし、そして父や母がそうであったように、ある時に踊ることをやめる。それはまるで祖父や祖母が闇の中に隠した秘密のように続けられるし、夜の街はそうして生まれ続け、その闇を通り抜けるようにして人々の魂は成熟する」

 私は言う。

「隠された秘密が解かれることはあるのかな?」

 シーンは言う。

「それはわからない。秘密というものは、隠されたままのほうがいいのかもしれないし、明かされたほうがいいのかもしれない。多かれ少なかれ、世界はもうこんなふうに動いているし、生きることが踊ることならば私は踊り続ける」

 私は言う。

「闇の中で傷ついた魂はどうすればいい?」

 シーンは言う。

「瞼を広く閉じるのよ」

 そして彼女は本当に私の夢の中に消えて、そしてもう二度とあらわれなかった。私はそして夜の街を去った。傷つかなかったと言えば嘘になるだろう。けれど彼女が言ったように私はその傷口を忘れ、後には彼女や、かつてともに過ごした仲間も、私自身もそのままの存在ではないという寂しさだけが残った。

 シーンがどこへ行ったのか。私は知らない。しかし、私はこの店のマスターにシーンについて何か知らないかと呼び出されて、今ここにいる。

 ひょっとするとシーンにまた会えるのかもしれない。そういう期待もあった。しかし、それはもう通り過ぎ去ったものたちなのだ。

 今では私は世界の果てについて彼女に語ることができるだろう。そしてそのまた世界の果てについても。マスターから電話があって、シーンのことを尋ねられたとき、私はひょっとすると彼女にまた会えるかもしれないと思った。そして今なら私は彼女に彼女が求めていた答えを与えることができるかもしれない。

「もしまた彼女に会うことがあったら伝えておいてくれ。この店はいつまでも変わらずにシーンの帰りを待っているって」

 そう言うと、バーのマスターは魔法を使うように指輪をカウンターに出した。

「君が持っているといい。そして彼女にいつか会うことがあったら渡して欲しいんだ」

 そう言ってマスターは語りはじめた。ある男の子と女の子の話だ。

 「その指輪はある人にはみえるし、ある人にはみえない」

「彼は彼女の誕生日に指輪を贈った。1年前の彼女の誕生日に彼は思いを伝えた。彼は彼なりの迷いの果てに彼女へと電話をかけ、彼女は彼の言葉に”イエス”とだけ答えた。けれど、彼にはそれだけで充分だった。次の日から、彼らは恋人と呼ばれる存在になった。契約のような確かなものはもちろんない。けれど彼と彼女は誰もが過ごすべき素敵な迷いや葛藤や愛を交わし続けた。会えない時は電話で話し、会える日の最初から最後までをともに過ごした。やがて時は過ぎ、彼は彼女にプレゼントを贈った。そこには彼なりの様々な思いがこめられていた。それはまだ様々な、としかいいようのないものだった。不確かなものを確かなものにする為には、時間やお金や、継続し続ける思いや、ある種の諦めが必要だ。他にもあきれるくらい必要なものがある。もちろん彼も彼女もある時には間違いもする。けれどそんな間違いすら素敵だと思える日々をわかちあった。決定された未来のないことが、ある時には自由を与え、ある時には自由を奪った。

 彼女は貰った指輪を何かの約束のように大切にしようと思った。

 ふたりはまだ若く、日々を積み重ねながら未来を探し続けた。

 彼女はどんな場所に行く時も、誰と会う時でも、その指輪を薬指にはめ続けた。彼女のある友人はそれを羨ましいと思ったし、また他の友人は不自由だと思った。どちらにせよ、彼女の指輪は彼女の中で輝いていた。

 ある日、彼が贈った指輪を彼女は失くしてしまった。うっかりしたところのある彼女だから、それは仕方がないことだったのかもしれない。彼女は一生懸命記憶を辿り、どこでその指輪を失くしたのか思い出そうとした。彼女が思い出すべきことは、指輪を失くした時から現在までの数時間のはずだった。けれど、彼女は生まれてから今にいたるまで過ごしてきた日々を思い出せるだけ思い出した。そして、何処にその指輪があるのかを確かめようとした。そうしなければならないと彼女は感じた。

 彼と次に会うのは水曜日だった。それまでに探し出さなければならない。彼女は突然目の前に何の予報もなく台風がやってきたように動揺した。もし指輪がみつからなかったら、私たちはどうなってしまうのだろう?

 彼女は焦り、そして焦れば焦るほど、混乱した。泣きたい気分になった。実際に涙を流しもした。でも、泣いてもはじまらないことを彼女は本質的に知っていた。

 結果を言えば、彼女は失った記憶を取り戻すことができなかった。彼から貰った指輪も。けれど、彼女は自分で同じ指輪を買って自分の指にはめた。

 次の水曜日に彼女は彼と会った。

 彼に指輪が新しくなっていることを気づかれないか不安だった。でも、いつもと同じように振る舞わなければと思った。いつか、時がくれば彼女は彼に謝ろうと思う。もしかすると以前と何かが変わってしまうのかもしれない。それでも未来は現在と地続きに存在し続けるのだから。彼女はそう思った。だから彼女が今はめている指輪は自分で買ったもので、それは彼には秘密だ。

 これが俺の知っている彼と彼女の話だ。ところで、その本物の指輪はどこにあると思う?」

 そう言うとマスターは自分の胸を指さした。

「いつも心にそれはある」。マスターはそう言った。

 いつも心にそれは存在する。私たちもそう思う。

 朝がやって来ると街はいつものように正確な時を刻みはじめた。

 いつかの私たちのように、若い彼や彼女が夜の街から家へと戻る始発電車に乗っている。私はそんな彼らがシーンとともに過ごす時について祝福をした。

Back