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短編音楽小説#86 Avril 14th

 

私にはヴィジョンが見えていた。幻覚と言ってもいい。

ある日、オフィスの窓が水槽になった。ガラスは厚いアクリルに変質し、外の街並みは水圧で歪んだ。ビルという骨格が軋み、ネオンは深海生物の発光器官と化す。エレベーターシャフトは海藻の茎、通勤者たちは透明な液体中を泳ぐ浮遊物になった。

私のキーボードは海底に沈み、Excelの各セルは小さな潜水艦の窓だった。数式は魚群のように群れをなし、四半期報告書は海流図として機能する。蛍光灯は遥か上方の海面からの光線となり、コピー機の音は鯨の鳴き声に変換された。

世紀末が本当にやってきたのだと思った。だが誰も溺れない。皆、呼吸を変えただけで、仕事を続けていた。

車のハンドルを握ると、私は時間の運転者になった。アクセルは時間の密度を操作し、ブレーキは因果律を調整する。ハイウェイの白線は時系列の境界線で、私はその線を跨ぐたびに別の時代に移行した。

速度計は年号を示し、120km/hで2025年、150km/hで2030年を通過する。後方の風景は過去として消失し、前方には未達の未来が展開された。ラジオは時代を超えた電波を受信し、まだ作曲されていない音楽を放送していた。

車内で私は複数の時間を同時体験した。現在の手がハンドルを握り、過去の手がギアを操作し、未来の手がウインカーを出す。三つの時間軸が重なり合い、私は時間の合成人間となった。

すべて過去の話だ。薬を飲むようになって、私は「普通」になった。ヴィジョンは面白かったが、社会的機能に支障があった。医師は私の症状を「統合失調症の陽性症状」と診断し、抗精神病薬を処方した。

薬効により、世界は再び言語化可能になった。水槽は窓に戻り、時間は一方向に流れ始めた。しかし同時に、世界は詩を失った。現実は散文に還元され、私は平凡な文章の住人となった。

だが──イメージは完全には消失しない。記憶の深層で、水没都市と時間跳躍の残像が微かに明滅している。私はWindowsでExcelを操作しながら、眠気の隙間でそれらを垣間見る。

今すぐ洪水が起きて、すべてが飲み込まれれば良い。あるいはハイウェイで未来に加速し、すべてを置き去りにしたい。私は薬漬けの現在で、過去のヴィジョンの再来を密かに待望している。

4月14日。

カレンダー上の単なる日付。だが私の無意識は、その日を特別な座標として記録している。夢の中で何度も、その日に何かが起きると告知された。洪水か、時間跳躍か、あるいは全く別の現象か。

その日に、それは起きる。

この一行は予言であり、同時に願望である。私は預言者として、自分の予言を信じ、同時に疑っている。4月14日は救済の日となるのか、それとも破滅の日となるのか。あるいは、何も起きずに過ぎ去り、私の預言者的地位が詐欺として露呈するのか。

だが重要なのは、予言の成就ではない。予言することの行為そのものだ。私は言語によって未来を召喚し、同時に言語の限界に挑戦している。「それ」とは何か。私自身にも分からない。だからこそ、その語りえぬ「それ」に向かって、言語は震動し続ける。

4月14日まで、私は薬を飲み続け、Excelを操作し続け、そして密かに世界の再音楽化を待ち続ける。