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アメリカの二重構造と思想の選択

かつて、父は「跳び箱は誰でも飛ばせられる」と信じていた。努力すれば、適切な指導があれば、皆が同じように成果を得られる——それが昭和、特に80年代の教育の理想だった。僕の父も、その時代の教育者として生きていた。そこには、「教育とは可能性を引き出すための方法論であり、ある程度は標準化できる」という考えがあったように思う。

僕はその考え方に、一定の理解を示しながらも、どこかで自分の価値観とは決定的に違うと感じていた。誰もが同じようにできることが本当に意味のあることなのか。僕自身、物事を器用にこなせるタイプではなかったし、型にはまった評価軸では測れない何かを、ずっと探していた。

2000年、大学を一度留年し、Macを初めて買って、一人でタイピングをしていたあの時間——それが僕の文章修行の始まりだった。誰もいない部屋で、土曜だけ編集の学校に通いながら、深夜にDTPのバイトをしてMacを覚えた。当時の僕のメールはひどいものだった。まともに文章を書くことさえできなかった。

文章力は、読書と練習の賜物であって、生まれながらに備わっているものではない。その後、村上春樹の文章を模写し、カポーティの原文を翻訳し、自分のスタイルを探した。「KID A」や「Symphonic Love」を経て、文体がようやく自分のものになってきたという感覚がある。

僕の中で大きかったのは、「脱工業化=情報化」という思想だった。これは大学の卒論でも書いたことだが、工業化社会の構造、つまり同じものを大量に、効率的に生産する社会モデルには限界がある。一斉授業のように、全員に同じことを教え、同じ結果を期待する教育は、もはや時代にそぐわない。情報化社会では、「正解」は一つではなく、個々人の問いや視点が大事になってくる。

僕はその時代の変化の中で、自分の人生を選び取ってきたつもりだ。

現代のアメリカを見ても、その二重性は顕著だ。トランプという現象は、まさにアメリカの退行の象徴であり、かつての栄光へのノスタルジアだ。冷戦時代の、製造業によって成り立っていたアメリカ。強くて、豊かで、単純だった時代。だが、それはもう過去の夢でしかない。

一方で、AIやITの中枢を担うアメリカは、まったく別の顔をしている。シリコンバレー、オープンAI、Apple、Google、Microsoft——この文脈にあるアメリカは、未来の設計図を描こうとしている。過去の成功体験を再現するのではなく、新たな価値を生み出そうとしている。情報化社会の原理に適応し、むしろその中心にいるのが、現在のアメリカのもう一つの姿だ。

時代の流れは、抗いようがない。中には、その変化についていけない人もいる。それはよくわかる。けれど、それでもなお、「何が正しいか」は明らかだと僕は思う。過去に戻ろうとする衝動ではなく、未来に向けて何を生み出せるか——そこにしか、新しい価値は宿らない。

僕は「United Future Organization」という作品の中でも、AIが社会や個人にどう接続し、どう変容を促していくかを描いた。資本主義や民主主義の再構成、監視社会との距離感、多層化されたリアリティ——そうしたテーマすべてが、「脱工業化=情報化」の問題系とつながっている。

思想を選ばなければならない時代に、僕たちは生きている。

均一な型に当てはめるのではなく、それぞれのかたちで生きていける世界。そこにこそ、本当の希望があるのだと、僕は信じている。